やっとちゃんと、息をする。 ページ45
駐車場の隅に停められたAの車に乗り込むと、すぐに抱き締められる。
Aの肩に顔を埋めると優しく背中を撫でられて、ここでやっとちゃんと息ができたような気がした。
頭では離れなきゃなんて思っているのに。
心がAを離さない。
「…とりあえず帰ろう。」
しばらく抱き締められていると頭上から聞こえてきたAの声。
小さく頷いてゆっくりと身体を離した。
帰り道はお互いに口を開くことはなかった。
でもAはずっと俺の手を握って、時折指先でいつものように手の甲を撫でてくれた。
もう今までみたいには居られないのに。
せめて今だけは、恋人としての最後の時間を過ごしたかった。
俺の部屋に戻るとAは有無を言わさずにベッドへ向かった。
布団を剥いで俺の身体を横たえると、肩までしっかりと被せて。
その上から優しくとんとんと叩く。
いつものAと一緒だった。
「…あとで質問には答えるから、まずは俺の話を聞いてくれる?」
珍しく焦ったような、切羽詰まったような口調のAに、俺は思わず頷いた。
ーー 確かに平野は家に来たよ。
でもかなり酔っ払っててさ、全然話が通じないんだよ。
また日を改めようって言っても、このままの状態では帰れないとか言ってさ。
仕方ないから酔いが覚めてから話そうってことになって。
平野はずっと寝てた。
俺はその間ずっとリビングに居たから、同じ部屋じゃないよ。
翔平にはこの状況を連絡しようかなって思ったけど、なんて言っていいか分かんなくて。
それからしばらくして平野が起きたから、水持って行ったんだよ。
そのときにちょうど翔平から電話が来て。
結論から言うと、平野は諦めてくれたよ。
リークされるのは勘弁して欲しいけど、俺の気持ちを話すよって。
翔平のことをどれだけ大切に思ってるか、翔平のおかげで俺は今楽しく仕事ができてるってことも。
それに…、
俺が野球を嫌いにならなかったのは、翔平のおかげだってこと。
もうこれ以上聞きたくないって平野が音を上げるまで話しちゃったよね。
最終的には、平野はもう自分が入り込む隙がないって思ったんだろうな。
ふたりで幸せになってねって言って、出てったよ。
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作者名:咲笑 | 作成日時:2024年2月26日 16時