大きな背中に手を振る。 ページ5
どれくらいこうしていたんだろう。
Aのブレザーにすりすりと鼻を寄せると、「お前!鼻水付けただろ!」と声を上げられて、思わず笑った。
「ちょっと付いたかも、」
「もうー…、まぁいいけど。落ち着いた?」
「うん、」
お互いの身体が離れると、一気に寒さを感じる。
子どもみたいに泣いたのが恥ずかしくてまた俯いていると、優しく頭を撫でてくれた。
「俺ね、お前が野球してるの見るのが、どうしようもなく好きなんだよね。」
僕たちの上には、大きな月が浮かんでいる。
Aはぼんやりとそれを見上げながら、なんでもない話をするように言葉を紡いだ。
100%好きだってものを見つけられたお前がさ、眩し過ぎたときもあったけど。
勝手に俺の夢を乗せて、お前を見てた。
きっとこれからもそうなんだと思うよ。
二度と野球なんて見るかって思ってたけど、やっぱり翔平の姿が見たくなって。
野球を嫌いになることのほうが、何倍も苦しかったから。
俺が野球を好きなままでいられているのは、翔平のおかげだよ。
月明かりに照らされたAの横顔は儚くて、どこかに行ってしまいそうだった。
だから思わず手を握ってしまったら、Aはそっと握り返してくれた。
「頑張れなんて言わないけどさ。楽しめよ、これからも。」
月から僕へ視線を移したAは、それはそれは綺麗に笑って。
ゆっくりと手を離した。
「そろそろ行くわ。」
僕に背を向けて歩き出すA。
数歩歩いたところで、くるりと振り返り、
「平野には告白されたけど、断ったから。」
「……う、ん。え、それをなんで僕に…?」
「ヤキモチ妬いてそうだったから。」
またな、と後ろ手を振りながら、再び歩き出したAを、僕は呼び止めることはできなかった。
「俺、頑張るから…!」
Aの後ろ姿に叫んで、大きく手を振る。
僕の頬には、また涙が一筋零れた。
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作者名:咲笑 | 作成日時:2024年2月26日 16時