抱き締めたい。 ページ23
Aはすぐに病院に運ばれた。
苦しそうに眉を寄せながら下半身に力が入らないと言ったAに、指先が冷たくなっていく感覚に襲われる。
俺はトレーナーにわがままを言って、Aの病院に付き添うことにした。
処置室の前の椅子に座ってひたすら待つ。
知らない間に強く手を握り締めていて、すっかり爪が食い込んでいる。
そんなの構わない。
ベースを踏もうとして体勢を崩したA。
荷物を纏める背中。
足を引きずりながら寮の部屋を出る後ろ姿。
今はっきりと蘇って、俺は嗚咽を溢していた。
「…A…っ、」
「大丈夫だから。信じて待とう、翔平。」
隣に座って背中を撫でてくれる一平さん。
でもすっかりAの手のぬくもりを覚えてしまった俺は、一平さんの優しさすら受け入れられずに涙が落ちるばかりだった。
果てしなく感じた時間。
処置室のドアが開く音に、弾かれるようにして立ち上がる。
ドクターの説明では、腰椎捻挫とのことだった。
しばらくはベッドの上から動けないだろう。
少しするとストレッチャーで運ばれてくるA。
「A…！」
勢いよくAの元へ駆け寄ると、ぼんやりと俺を見つめたあと、くすくすと笑った。
「なんて顔してんだよ、」
「だって…、」
「涙でぐちゃぐちゃじゃん。今は拭いてやれないのに。」
俺のほうへそっと伸ばされた手をぎゅっと握り締める。
その力の強さにも笑ったAは、「大丈夫だよ」と小さく呟いた。
病室まで付き添った俺は、いまだにAの手を離せないでいる。
「帰らなくていいの？」
「Aの傍に居たいもん、」
「ふふ、そろそろ夕飯だろ。」
「食欲ない。」
「こら、それはダメだぞ。」
―― 翔平、ちょっとこっち。
俺は手を引かれるまま、ベッドの端に腰掛けた。
Aは優しい微笑みを浮かべながら、繋いだ手を軽く揺らす。
「翔平、あのときのこと思い出したんだろ。」
「…ん……、」
「ごめんな。」
「なんでAが謝るの。」
「嫌なこと思い出させちゃったな…。」
もうあんな思いさせたくなかったのに。
悔しそうに唇を噛むAのことをとにかく抱き締めたくて。
「A、一緒に寝てもいい？」
「…誰か来たら怒られるぞ。」
「いいよ。」
Aの身体を動かさないように、隣の隙間に寝転がる。
めちゃくちゃきついけど、この距離感が今は逆に心地いい。
「A…。」
そっとAの頭を抱えるように抱き締めた。
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作者名：咲笑 | 作成日時：2024年2月26日 16時
