パパになったら、 ページ20
2024年2月上旬。
アリゾナ州のキャンプ地へ到着した俺は、今日は緩めのトレーニング。
屋外で新鮮な空気をたっぷり吸いながら、ゆっくりと身体を解したりしている。
同じタイミングでキャンプインした広報のメンバーの中にAの名前を見つけて、俄然やる気が出た。
やっぱりAの存在は、俺を高みに連れて行ってくれる。
アメリカは日本と違って、選手やスタッフの家族も密接な関係を築いている。
例えば家族が練習を見に来れば、一緒にトレーニングをしたり。
俺もエンゼルス時代にトラウトの息子ベッカムくんと遊んだことがある。
「“A、待ってー！”」
休憩しようと屋内に戻ると、小さな女の子の声が響き渡った。
俺の前をその子が一生懸命走っていく。
その子が走っていった先は、
「“エマ、そんなに走ったら危ないぞ？”」
穏やかな微笑みを浮かべたA。
エマと呼ばれた女の子はAの足に抱き着いて離れない。
Aは慣れたようにその子を抱き上げ、指先で頬をつついた。
「“A！今日指輪はどうしたの？”」
「“大切なものだから家に置いてきたよ。”」
「“そんな！結婚指輪はいつもしていないといけないのよ？”」
結婚指輪、か。
Aとエマが結婚することは現実的には可能だけど、俺とは叶わない。
Aが嬉しそうにエマを抱く姿を見て、俺はその場に居るのが苦しくなって踵を返した。
「あれ？翔平？」
後ろから聞こえてきたAの声。
気付かないふりをしようかとも思ったけど、そのほうが苦しい気がして。
「あ、A。お疲れ。」
今気が付いた、というように平然を装って軽く手を上げる。
エマを抱いたまま俺のほうへ歩いてくるA。
見せつけられてるようで、無意識に息が詰まる。
「“エマ、挨拶は？翔平だよ。”」
エマに挨拶を促すAは、まるで父親のようだった。
だから俺は思わず、
「Aがパパになったら、こんな感じなのかな。」
俺の言葉にAは少し驚いたような顔をする。
エマは俺とAの顔を交互に見ながら、何て言ったの？と聞いてきた。
「“Aがパパみたいって言ったんだよ。”」
「“Aはパパじゃなくて私の夫になるのよ？”」
自信たっぷりに俺に言うエマを、何故か直視できなくて俯いた。
Aはエマを下ろして「カフェテリアにアイスをもらっておいで」と背中を押すと、
「翔平、ちょっと話すか。」
俺の大好きな声が響いた。
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作者名：咲笑 | 作成日時：2024年2月26日 16時
