ファーストキスの相手は、 ページ17
Aの言葉の続きが気になる。
でも聞きたくない。
いろんな感情が一気に押し寄せてきて、思わず強く目を閉じる。
「お前だよ。」
………え?俺?
Aの言葉に目を開けると、視界いっぱいに広がる愛しい人の顔。
でも言ってることが理解できなくて、何も言えないまま瞬きだけを繰り返す。
「これ言っちゃうとあれかなぁ。」
ぎりぎりまで近付いた距離を解くように離れたAは、残りのビールを飲み干した。
「…どういうこと?俺、Aとキスした記憶なんて、」
「俺が怪我して野球辞めたとき、」
―― あれは高校二年の夏。
練習中に何かが切れるような音、そのあとに響いたのはAの悲痛な声だった。
ベースまで全力疾走していたAは、あと一歩のところで派手に転んだ。
俺はベンチからその姿を見ていて、その転び方に違和感を覚えたんだ。
そして聞こえてきた、大きく何かが崩れるような音。
俺は思わずAの元へ駆け出した。
痛みに歪むAの身体を起こそうとしたとき、明らかに足の形が変わっていることに気付いて。
「A…!A!」
肩を貸してベンチに引き上げてからも、俺はAの名前を呼び続けた。
Aは俺のほうを見て、小さな声で「ごめん」とだけ言った。
あれからAは、グラウンドに姿を現すことはなかった。
そして俺と一緒に生活した寮も出ていくことに。
俺に背中を向けて荷物を詰め込む姿に、涙が止まらなかったのを覚えている。
自分が一番辛いのに、Aは俺の心配をしてくれた。
「ここで寝るのも今日で最後かー。」
まるで修学旅行の最終日のように、悲壮感のまったくない顔で天井を見上げるAに、一緒に寝ようと誘った。
初めは笑いながら嫌だよ!って言っていたAだけど、俺のわがままは絶対聞いてくれるから。
ふたりで狭いベッドに寝転んで、ただひたすら天井を見つめた。
隣に感じる温もり。
プレー中や練習だけじゃなく、こうやって部屋に帰ってきたときも支えてもらったな。
「A…、俺、お前のぶんも頑張るよ。」
「おう。でも、頑張りすぎんなよ。楽しめ。」
その言葉を聞きながら目を閉じると、そのままゆっくりと夢の世界へと落ちていった。
現実の世界から意識を手放す瞬間、俺の唇に ――
「あのとき……、」
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作者名:咲笑 | 作成日時:2024年2月26日 16時