10年の時間を埋めるには、 ページ11
ドジャースタジアムでの記者会見を終えたと同時に、すごい数の取材オファーが飛び込んでくる。
契約のときも一平さんにはかなり骨を折ってもらったのに、タブレットを睨みながらスケジュールの空いている時間を見つけ出してメディア側へ返事を出しているようで、なんか申し訳ないな…。
Aはというと、球団の広報ということで会う機会はわりと多くあった。
俺個人に殺到している取材の殆どを球団を通してもらうことで一平さんの仕事量が落ち着いたのも、Aが手を回してくれたからなんだとか。
先日会議室で会ったときに、連絡先を教えて欲しいと言ってみた。
「連絡先?変わってないよ?」
「そうなの?LINEは?」
「変わってない。お前ブロックしただろ(笑)」
「してないって!(笑)」
LINEを起動させてともだちリストを見てみると確かにある、「A」の文字。
アイコンは夜空に輝く大きな満月の写真だった。
「このアイコン、」
「ん?」
「…いや、なんでもない。」
「そうだよ。」
お前が俺のブレザーに鼻水付けたときに月がデカかっただろ?
そのときに撮った写真。
Aは思い出したように楽しそうに笑った。
やっぱりそうだったんだ。
なんとなく俺のことを大切にしてくれているような気がして、嬉しくなった。
―― 今日仕事忙しい?
トレーニングが終わったあとにちょっと悩んで送ったのは、結局淡白なメッセージ。
わりとすぐに既読が付いたことに、胸の鼓動が速くなる。
―― いや、今日はそんなに。スーパースターが落ち着いてるなら、俺は暇ですよ。笑
何言ってんの…。
ご飯でも行こうよって思いきって誘ってみたら、案外簡単にOKの返事がもらえた。
そりゃそうか。
Aはなんとも思ってないもん…、な。
きっと俺の近くに居たかったっていうのは、野球をする俺を見たかったってことだ。
すっかりあのときの気持ちが甦ってしまった俺は、再び心の奥底に押し込めるのに苦労している。
そして何より、今は職場が同じだけ。
所謂同僚みたいなものだから。
勘違いしてはいけない。
自分の胸に手を当てて、大きく息を吐いた。
Aは2時間もしたら仕事が終わるらしい。
10年という長く空いた時間を埋めたくて、俺は待ち合わせの店へと向かった。
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作者名:咲笑 | 作成日時:2024年2月26日 16時