いつも僕の隣に居てくれたのは、 ページ1
2013年3月。
岩手・花巻はまだ寒く、校庭の桜の蕾はまだ硬い。
手が悴むし、吐く息は白いけれど、空を見上げれば、どこまでも高く深い青がそこにはあった。
ブレザーの左胸には小さなコサージュ。
今日、僕は高校生活最後の1日を過ごすために、教室へ足を踏み入れた。
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既にファイターズのキャンプに帯同させてもらっていたので、この2か月は友達には会えていなかった。
そのせいもあって、教室に入ると野球部でともに戦った友達が集まってきてくれる。
つい半年前まで一緒に練習をして、苦楽を共にしてきた同級生。
でも、僕を見る目は何重にもフィルターが掛かっているように感じて、ほんの少し居心地が悪かった。
「ちょっと教室暑いわ。外の空気吸ってくる。」
「北海道の寒さに慣れたのかー?」
そんな声に軽く手を振ってからベランダに出た。
手すりに両腕を乗せて、小さく溜め息。
岩手だって、十分寒い。
「人気者がこんなところに居ていいのか?」
僕の隣で同じように手すりに腕を置いたA。
高校二年生の夏まで、寮の同部屋だった。
練習中に大きな怪我をして、そのまま野球を辞めてしまった。
纏めた荷物を肩に担いで、足を引きずりながら寮の部屋を出ていった背中を、今でも忘れることはできない。
恋愛禁止だった野球部。
自分に恋愛なんて必要ないと思っていた。
でもスランプに陥ったとき、監督にこっぴどく叱られて落ち込んでいたとき。
―― そして、試合に負けたとき。
いつも隣にいてくれたAに、いつの間にか特別な感情を持つようになった。
そんなはずはない、きっと隣に居てくれて嬉しかっただけだ。
自分にそう言い聞かせるたびに、心がぎゅっと苦しくなる。
Aが野球部を去ってから、僕の隣に居てくれる機会は少なくなったけど。
あのときから気持ちは変わっていない。
「好きだなぁ…。」
「……は?」
つい無意識に呟いてしまった僕は、Aの怪訝そうな声に勢いよく首を振った。
気付かれてはいけない。
この気持ちは、心の奥底に押し込むことを決めたんだから。
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作者名:咲笑 | 作成日時:2024年2月26日 16時