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閑話・黒龍の緊張 ページ8
真一郎は今まで数回着たかどうかくらいのスーツを着て、李里の家の前に立っていた。その目的は、李里との交際を彼女の親に認めてもらうというものだ。ひとつ、ふたつ、息を吸って吐いてチャイムを押す。
「はい」
「佐野真一郎と申します。李里さんとの交際の件でお話があって来ました」
「どうぞ、お上がりください」
恋人の声をもっと大人にしたような質の声。きっと、彼女の母親だろう。ドアが開いて、李里が見えた。少し肩の力が抜ける。
「いらっしゃい。母さん、真一郎さんが来るのを楽しみにしてましたよ。…スーツ、かっこいいですね」
「へ」
とろり、ととろけるような微笑みを向けられて、怒涛の感情に頭がパンクしそうになった。緊張するやら、愛おしいやら、照れるやら、情緒が大変なことになった。
「まぁ、上がってください」
丁寧に並べられたスリッパ。玄関には彼女の弟のものと思われる靴と、見覚えのある靴、そして、彼女の母のものと思われる靴が並んでいる。
「お邪魔します」
脱いだ靴を揃えて、そっと踏み込む。自分の家のそれとは違う、李里がいつも纏う匂いに少し似た匂いがしていた。リビングと思われる場所に続く扉が開かれると、恋人によく似た女性が座っていた。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
李里が椅子を引いてくれた。反射的に礼を言いながら座る。少し緊張したような面持ちをしていた女性が、ふっと表情を緩めた。
「本当に、李里の言う通り優しい人なのね」
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作者名：契 ゐと（元 いときち丸） | 作成日時：2023年11月6日 15時
