1・白虎、戸惑う ページ5
李里は非常に現状に戸惑っていた。猫の子でも抱えるみたいに真一郎に抱き上げられたかと思いきや、座った膝の上に横抱きに乗っけられてしまったのだ。
「あの…?真一郎さん?」
「んー?」
「この体勢、なんか照れくさい…」
上機嫌に相好を崩している真一郎の上で、微かに身を捩る。抱き締める力が強くなって、より体が密着した。
「…コラ、逃げんな」
咎める声があまりにも優しくて、砂糖よりもずっと甘美な響きをしていて、期待から自分の心臓の逸るのが判った。それと同時に脳裏を過る、自分はそうあってはならないのではないかという思考。
「じゃあ、なんでこうなってるか教えてください。逃げませんから」
薄い唇が数度、躊躇うように震えるのを見た。ややあって取り出された言葉は、真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐな好意の形をしていた。
「李里ちゃんのことを好きだから」
いけない、と思った。でも、どうしても嬉しかった。
「…私は、あなたを殺しかけた男の姉ですよ」
可愛くないことを言う理性。本当はもっと可愛く、松野が持っている少女漫画の主人公みたく頬の一つでも染めて『ありがとう』と言いたかった。引け目が、そうさせてくれなかった。
「オレは、李里ちゃんがオレたちのためにやってくれたことを知ってるし、カズトラもオレに頭を下げに来た。もう償いは済んでるんだよ」
確かに、それはもう済んでいる。でも、李里の中ではまだまだ尾を引いているのだ。
「じゃあ言い方変えるわ」
納得していない李里の顔を見た真一郎が、ずるいオトナの表情で笑った。
「オレに李里ちゃんの時間をくれねぇかな。恋人として過ごす時間を。勿論、嫌になったらやめてくれりゃ良いし」
「…そんなもので、いいんですか」
正直、李里は自分の時間にそこまで価値があるとは思っていない。だから、素直に問うた。
「
「私で、良いんですか」
「オレは、オマエが良い」
視線をそっと虚空にやって、恋を殺すための、真一郎の想いをどうにか退けさせるための質問を探そうとする。そもそも真一郎に確かな思慕を抱いている李里には土台無理なことだったが。
「なぁ、オレのこと嫌い?」
「いいえ!でも、真一郎さんは私にはもったいなさすぎて…」
「なら、なんも問題ねぇだろ。お願い、オレと付き合って」
引力のある眼に、引き込まれる。懇願の眼差しが、心臓を貫いた。
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作者名:契 ゐと(元 いときち丸) | 作成日時:2023年11月6日 15時