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貴方.
『……はい、分かりました。でしたら当日の手配はお任せいたします。ええ、前回お話したものでお願いしたいです』
好きなときにお花屋さんへ出向いて、好きなだけお花を仕入れて……そんな風に自由に作業ができるのは、鹿楓堂ならでは。基本的にマイペースな私は、その有り難みを痛いほど思い知っている。
休日に打合せがあって、平日は終業後に確認の電話。思っていたよりも息をつく暇すらなくて、何だか慌ただしい日々だった。
『はぁ……』
椿「……また角崎さん？」
『うん……角崎さんというか、ホテルのプランナーさん。会場装花の最終チェックと、発注確認が忙しくて……』
椿「そう、……お疲れ」
『うう、ありがと〜……』
読んでいた本を置いて、私の方を見やる椿くん。有り難いことに、鹿楓堂も毎日繁盛している。つまるところ、こうしてゆっくり話す時間なんてなかった。……椿くんとお話すると、胸の奥の方が温かくなって、ほっとする。落ち着くんだろうなあ。
謎の満足感に包まれて、瞼が重くなる。安心したら眠くなってきちゃった……もう寝ようかな。
『明日も頑張ろうね、椿くん』
椿「……ん。体壊さないでよ」
『あはは、気を付けます……』
椿「笑い事じゃないし」
顔を顰めた椿くんに、「ごめんって」と謝ってから席を立つ。部屋に戻ったら追加の発注がないか確認して、なるべく早く寝よう……そんなことを考えながら「おやすみ」と彼に伝えようとした瞬間、
パシッと腕を掴まれて、その反動で転びそうになるのを堪えた。
『……椿くん？どしたの？』
振り返るものの、椿くんは俯いていて、肝心の表情が見えない。私の腕を掴んだ手だって、そこから引っ張ったりするわけでもなく……ただ前に進むことだけを阻止されている、そんな感じだった。
誰もいないリビングで、何の音も聞こえない。ただ確実に分かるのは、椿くんの手が、なぜだかいつもより熱いことだけで。
椿「……持って行かれないでよ、角崎さんに」
『へ？』
椿「Aは鹿楓堂のフローリストでしょ、……忘れないで」
『え、あ、……それはもちろん！』
「それだけだから」と言った椿くんは、閉じた本もそのままにして、足早に自室へと戻ってしまった。
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