【金カム】愛に彷徨う[男主] (ページ3)

今日:3 hit、昨日:7 hit、合計:9,912 hit

-弐- ページ3

.

.

屋敷内にピアノの旋律が響く。
それを聴きつつ作業を続ける。すると傍で控えていた執事が遠慮がちに言葉を発した。

「奥様。坊ちゃまはピアノが上手くなられましたようで。」

「えぇ、あの子は天才ですもの…。」

そうとしか言えなかった。強制的に様々な習い事をやらせては完璧にできるようになるまで、父親のスパルタ教育が続くのだ。
彼にとっては地獄そのものでしかないであろう。ましてや育ち盛りで友達と遊びたい年頃なのだ。家の中に篭って習い事など御免であろう。

しかし彼は父親に打たれながらでも習い事を辞めたことは一度もなかった。
それが吉と出るか凶と出るかはこの時の母親はまだ知らない。

「でも…。本当にあの子には申し訳なく思うわ…。」

「…奥様。」

執事はその後の言葉を紡ぐことができなかった。それは母親の息子を憂う表情を見たからではない。

強情な父親の前で母親は意見など言えない。息子を助けたくてもその矛先が自分に向くかもしれない怯えがあるのだ。

しかしそれはただのエゴでしかないと執事は分かっていた。だから言葉が出なかったのだ。

「(これではA様が本当に報われないではないか…)」

執事の心の呟きは誰にも出すことは無かった。

悲しさを含んだ旋律だけが屋敷の中に木霊する。

.

.