逢ひ見ての、のちの心にくらぶれば【伊黒小芭内】 ページ7
───────私はずっと、彼を思い続けていた。
晴れの日は彼も同じ空を見ているかと思いながら雲を数え、雨の日はどこかで濡れてはいないかと心を配り、嵐の日は眠れぬ夜を過ごした。
女は、来る日も来る日も彼を想い続けていた。
男の心が彼女に向くことは無いとわかっていても、ずっと、彼を慕い続けた。
幸運なことに、彼女の血筋は鬼斬りの家系だった。それも、水の呼吸の流派だ。
彼女自身は鬼殺の職には就かなかったが、どうやら呼吸というものには相性があるらしい。
彼……伊黒を想い続けていたある日、Aは鬼殺隊と呼ばれる裏の組織を纏め上げる産屋敷という男に呼ばれ、彼の屋敷に訪れた。
緊張しながら広い座敷の真ん中に座る彼女に、庭を見ながら産屋敷という男は言った。
「小芭内と子を作って欲しい」
曰く、水の呼吸から派生した蛇の呼吸の使い手である彼と、水の呼吸と相性のいい家系に生まれたAを番わせれば、強い水の呼吸の隊士ができるのではないかと。
断る理由などなかった。自分のことなど視界にすら入れない彼が、自分のものになるのなら。
Aは二つ返事で頷いた。
そんな考えが愚かだったと突きつけられたのは、屋敷に嫁入りした日の夜だ。
お館様のご命令ならばとAを抱いた伊黒だったが、その目は彼女を見ていなかった。
ただ、命令だからと彼女を抱くだけ。相手は彼女でなくてもいい……否、彼女ではない方が良かったのかもしれない。
温もりの消えた、少し広い布団の中で、Aは静かに涙を流していた。
産屋敷という男はなんで狡猾なのだろう。
Aが純粋に伊黒を慕っていたことも、伊黒の心がAに向かないことも、わかっているのに、残酷にもAと伊黒を番わせた。これも全て、夜の平穏のために。
嫌いになんてなれなかった。一夜を過ごしただけで、こんなにも気持ちが膨れ上がるなど、誰が予想できただろう。
あの冷たい蛇のような双眸が、Aを温かく見つめる日は、きっと来ないだろう。
こんなに辛くなるのなら、あの時頷かなければ良かったのに。
***
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり
───────権中納言敦忠
「恋しい人とついに逢瀬を遂げてみた後の恋しい気持ちに比べたら、昔の愛しい想いなど、無いに等しいほどのものだったのだなあ」
百人一首より
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もも - カケさん» ????? (3月14日 15時) (レス) id: 12bc70a190 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - カケさん» リクエストでしょうか…? (3月14日 13時) (レス) id: 0b2f636a57 (このIDを非表示/違反報告)
カケ - いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな (3月14日 10時) (レス) id: 7739bf6d58 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - リリアさん» いつもありがとうございます。文章は結構こだわっている小説になるので、褒められてとても嬉しいです!リクエスト了解いたしました。少々お待ちください。 (2月22日 0時) (レス) id: 1d55cf96a6 (このIDを非表示/違反報告)
リリア - いつも楽しく読ませて頂いてます!文章が綺麗でとても素敵です!リクエストなんですけど、百人一首の中納言敦忠の「あひ見ての後の心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」という歌でお話しが見たいです。長文すみません! (2月22日 0時) (レス) id: 0f152dd892 (このIDを非表示/違反報告)
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