白栲の、袖の別れを難みして【冨岡義勇】 ページ5
少し、人と違っていた。
彼女は昔から勉強が好きで、特に政治学においては華々しい経歴をおさめた。
男に混じり政治を学んだが、彼女を卑下する者ばかりで、男とは元来このような生き物なのだと呆れるなどしていた。
そんな彼女の考えが変わったのは、彼に出会ったからだ。
凪いだ湖畔のように静かな男であった。
どうやら、彼女の先祖は代々“水柱”という役職に就いていたらしい。思えば、どこから湧いてくるかもわからない大金で彼女は学校へ通っていたのだが、おそらく随分前に姿を消した父親はその“水柱”とやらだったのだろう。
夜方に家を出て、朝、日が昇ってから帰宅する母も、なんの仕事をしているのか知らない。家のことは、どこからともなく現れる黒服の者たちがしていたのだ。
物心つく前からそのような生活を送っていたため、彼女はそれが普通だと思っていたのだが…。
ある日、母親も帰ってこなくなった。代わりに、自分の婚約者だと名乗る物静かな男が家にやってきた。男は、自分を冨岡と名乗った。
最初は、何も話さない彼は自分に興味がないのだと思っていた。
しかし、彼が口下手なだけなのだと気づいたのは、彼と出会って二度目の夏の日だ。
家に、鬼が現れた。
否、彼女はそれを鬼とは思えなかった。見覚えのある、美しい紫紺の羽織を見たからだ。
───────父だ。
父は、彼女に襲いかかった。
もうダメだと思った時、彼女は温かく逞しい腕に抱かれていた。
美丈夫は、優しげな瞳で父を見ていた。
「水の呼吸、伍ノ型───────干天の慈雨」
言葉ともならない叫び声を最後に、父は塵となって風に拐われた。
(父の仇なのに。あなたが斬ったのに。どうして、私より辛そうな顔をするの…)
そこから、冨岡に淡い恋をするまで時間はかからなかった。
冨岡も、彼女を婚約者として少し気にかけ始めた頃。政治学者としての彼女に、国から、留学をしないかという申し出があった。
またとない機会だ。
(でも……義勇様と、離れてしまう…)
冨岡は、知見を広げてこいと送り出してくれる。
しかし、彼と何ヶ月も離れるのは不安だった。
だから、もう少しだけ。もう少しだけ、彼のそばに。
***
白栲の 袖の別れを 難みして
荒津の浜に 宿りするかも
───────読み人知らず
「このまま別れる気にもなれず、荒津の浜でもう一夜、舟を出さずに宿を取ることにしました」
万葉集より
草枕、旅行く君を荒津まで【冨岡義勇】→←散る花も、また来む春は見もやせむ【伊黒小芭内】
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もも - カケさん» ????? (3月14日 15時) (レス) id: 12bc70a190 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - カケさん» リクエストでしょうか…? (3月14日 13時) (レス) id: 0b2f636a57 (このIDを非表示/違反報告)
カケ - いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな (3月14日 10時) (レス) id: 7739bf6d58 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - リリアさん» いつもありがとうございます。文章は結構こだわっている小説になるので、褒められてとても嬉しいです!リクエスト了解いたしました。少々お待ちください。 (2月22日 0時) (レス) id: 1d55cf96a6 (このIDを非表示/違反報告)
リリア - いつも楽しく読ませて頂いてます!文章が綺麗でとても素敵です!リクエストなんですけど、百人一首の中納言敦忠の「あひ見ての後の心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」という歌でお話しが見たいです。長文すみません! (2月22日 0時) (レス) id: 0f152dd892 (このIDを非表示/違反報告)
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