散る花も、また来む春は見もやせむ【伊黒小芭内】 ページ4
はらりはらりと散っていくのは、昔植えた桜の木。
その淡い桃色の中、美しく映える黒い髪を持つ男が可愛がっている蛇と共に微睡を飼い慣らしていた。
伊黒というその男は、髪と頬を撫でる温かな風にそっと目を開けた。
(……あいつがいなくなって、もう5年目の春か…)
この桜の下で約束を交わしたというのに、一体いつそれを果たしてくれるのか。
桜が咲く頃に帰ってくると言って消えたまま一向に姿を表さない恋人の面影を桜と重ねる。
本当に、桜の精のような人だったと思う。
ヒラリヒラリと飛び回り、掴もうとしてもふわりと逃げてしまう。しかし、待っていれば花びらはいつか手の中に入るものだ。
『伊黒、あなたが好きよ』
そう言って笑った春の木漏れ日のような笑顔を伊黒は初めて抱き寄せた。
自分が想い人と両思いになっただけでここまで絆されるものかと疑ったが、紛れもなく伊黒自身が彼女を抱き寄せた。
微かに香った桜の香りが、未だに脳裏に焼き付いて離れない。
(桜は何度でも咲き誇るな…)
そっと目を開け、眩しさに目を細めた伊黒は眼前に広がる薄桃の霞を見つめた。
彼女の名前は桜��A。桜の呼吸を使役する、幻の十人目の柱だ。
Aは産屋敷から柱の称号は賜ることはなかったが、実力、人格共に柱に匹敵するものだったために、一般隊士から“幻の柱”と言われていた。
桜柱と言われた彼女は、ある日を境に姿を見せなくなってしまった。鎹鴉すら帰ってこなかったのだ。
最初のうちは隊士たちもこぞって彼女を探し回ったが、いつしか皆、彼女は鬼に喰われたのだと思うようになっていた。
どれだけ強くとも、いつか負ける。きっと彼女は鬼殺隊士としての責務を全うして死んでいった。
(そんなものは、いわば綺麗事)
この桜は来年も見ることはできるだろうが、彼女の姿をとどめることは二度とできないのだ。そんな陳腐な言葉で片付けたくはない。
(あぁ、もう一度…)
一度でいい。
抱きしめたい。
***
散る花も また来む春は 見もやせむ
やがて別れし 人ぞ恋しき
───────菅原孝標女
「散っていく桜の花も、また来年の春には見ることができるだろう。しかし、そのまま永遠の別れとなってしまった人は二度と会うことはできず、恋しくてたまらない」
更級日記─源氏の五十余巻より
───────
実はこの歌、恋の歌じゃないんですが訳が綺麗だったので書かせていただきました。
白栲の、袖の別れを難みして【冨岡義勇】→←恋ひ恋ひて、あへるときだに愛しき【宇髄天元】
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もも - カケさん» ？？？？？ (3月14日 15時) (
レス) id: 12bc70a190 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - カケさん» リクエストでしょうか…？ (3月14日 13時) (レス) id: 0b2f636a57 (このIDを非表示/違反報告)
カケ - いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かな (3月14日 10時) (レス) id: 7739bf6d58 (このIDを非表示/違反報告)
松々先輩(プロフ) - リリアさん» いつもありがとうございます。文章は結構こだわっている小説になるので、褒められてとても嬉しいです！リクエスト了解いたしました。少々お待ちください。 (2月22日 0時) (レス) id: 1d55cf96a6 (このIDを非表示/違反報告)
リリア - いつも楽しく読ませて頂いてます！文章が綺麗でとても素敵です！リクエストなんですけど、百人一首の中納言敦忠の「あひ見ての後の心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」という歌でお話しが見たいです。長文すみません！ (2月22日 0時) (レス) id: 0f152dd892 (このIDを非表示/違反報告)
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