星を超えた想いを20【オリオンの刻印】 (ページ48)

今日:10 hit、昨日:12 hit、合計:242,163 hit

お揃いページ48

❀

10cmもないその距離に後退ろうとした

Aだったが、その前に野坂が動く。

「ち、か……」

彼女に手を伸ばし、吸い付くような

黒髪を、野坂の両腕で下から掬いあげると

「や、やめて」と声を上げるAの

言葉に耳も貸さずに、首の後ろに両手を回した。

「つ、冷た……！」

かき分けられた髪が外の空気に触れたと

同時に、野坂の冷たい手がAの首筋に

触れると今度は布が擦れ合うような音が聞こえた。

「あの……何して」
「こうすれば、痕は見えないから安心しなよ」
「えっ？」

野坂の手がゆっくりと離れていくのを

見つめながら、Aは呆然とした表情で

首元に手を当てようとするが

その前に彼女の手は襟に当たった。

「襟、たってる……？」
「試合中気になるかと思ったから、その予防策」
「予防策？」

野坂と同じように、立てられた襟。

「お揃いだね」なんて、少しだけ声を弾ませて

告げた野坂に、きょとんとした目を向けるA。

「えっと…ありがとう

でも、言ってくれれば襟くらい立てたのに」

いつも何の躊躇いも前置きもなく

平然とやってのける野坂にAは苦笑した。

「せめてこれだけでも、ね」

自嘲気味に笑って、そう言った野坂の目は

身を切られそうな悲しいものだった。

彼の眼差しに残る儚げな影に、Aが

何も言えず、そんな野坂を見つめていると

野坂の肩越しに、覚束無い足取りで

タッチラインを越えようと、フィールドに

足を踏み入れる一星の姿が目に飛び込んだ。

「あっ…」
「行ってあげなよ」

彼女の小さな声に反応して、野坂は後ろ目に

一星の姿を一瞥すると、視線を戻して

心配そうに眉間に皺を寄せる彼女に促した。

「今の一星くんには、"君"が"必要"だから」

瞼をゆっくりと閉じていき、目を伏せた

野坂がそう言うと、Aは頭を縦に振ると

彼の横をすり抜けて、一星の元へ駆け走っていく。

「限界……かな」

野坂は、自分の胸の中での暗い想像が、輪郭の

はっきりしない重苦しい嫉妬の塊が

限界だと叫び続けながら、膨らむのが分かった。

「あいつ大丈夫なのかよ」

野坂が胸の内で一人、感情に浸っていると

隣から並び立つようにヒロトやってきた。

「半分は大丈夫で、もう半分は空元気だろうね」

すぐにその答えを出すと、ヒロトは

頭の後ろで手を組んだまま「だろうな」

分かっていたように遠いものを見るような目で

一星の体を支えるAの姿を見つめていた。