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下弽 ページ6

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「行く。弓道部の体験に行ってもいいよ。ただし、Aも一緒に来るなら」





湊のこの魔の一言によって俺は、ここ弓道場に来てしまった。

俺は頑なに断ったし、何度も逃走を図ろうとしたけれど、一緒にいた男の子が兎に角足が早い。急に目を光らせるもんだからなんだろうかと思ったら。


ずっと弓道だけは近づかないように弓道という言葉さえからも避け続けてきたのに。

まさかこんな所で壁にあたるとは。

目の前にかけてある"風舞高校弓道部"の文字を見て、目頭に段々涙が溜まっていくような気がした。

またあの時、あの空間が鮮明に思い出される気がして。



「さ、中入ろうぜ!」

男の子は俺と湊の手を引いて、中に誘導する。


繋がった手で、長年絡まり固まった糸がするすると解かされていくように。

少し震える手と、薄汚れた自分の下弽(したかけ)を両手で強く握り締めた。






お先真っ暗で何も見えなかった。

未だにあの的を見ると、全部真っ暗になって何も見えなくなって、そして、そして、自分で自分が怖くなる。

どうして、どうしてって自分を責めても見いだせない答えは誰も救えなかった。





中に入ると、そこにはもう人が集まっていて、今までに見ない光景だった。中学の時は弓道は地味なスポーツとしてあまり人気がなかったのに。

なら尚更俺必要なくない?


数年ぶりに見る弓道場は違う場所でも、どこか懐かしさを感じて感傷に浸ってしまう。

呆然と立ち尽くしていると、とある男の子と目が合った。その男の子は既に道着を着ていて、恐らく経験者だろう。その男の子は俺と目が合うと一瞬目を大きく開いたが、少し見つめあったあと目を逸らされてしまった。

俺も直ぐに我に返って、端の方に静かに座る。


もし、ここに俺の存在を知っている人がいたら。


それを恐れて若干顔を隠しながら、耳がタコになるくらい聞かされた弓道の説明を聞く。


ここを教えている先生は誰なのだろう、有段者だよなと思いつつ少しだけ顔を先生に向けると、偶然か、はたまた必然か、先生と目が合ってしまった。

すると、先生は俺に向かってふわりと微笑む。



少しだけどきっとした。



俺はあの人を知らない筈なのに。あの人は俺を知っているかのようだった。


慌てて目をそらすも、この謎の鼓動は収まる気配がなかった。ましてや、冷や汗も止まらない。


ダメだ、俺。



ここにいると、普通で居られない。

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作者名:不満 | 作成日時:2022年9月1日 1時

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