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「お願いだ。俺は、もっと強くなりたい。その為には秋川が必要なんだ」





彼は懇願するかのようにか細い声で頭を下げながらそう呟く。


弓道部に入るから頭を上げて、なんて言える訳もなく。

己のプライドと彼への罪悪感が体の中で渦巻く。




『…ご、めん……やっぱり、俺……』



自分の中で絞り出した答えはこれだった。


否、これしかなかった。


俺だって普通に弓道出来たらどれほど幸せか、と何度もあの出来事を悔やんだ。しかし、悔やんでも悔やんでも自分の中の弓道に対する思いは決して揺るがなかった。




怖い


自分が弓道でいつか動物だけでなく、人をも殺してしまうのではないかと。


あの日、あの時、あの感覚。全てが気持ち悪くて。


あの時から、あれ程までに自分の射を心底嫌うことはもう二度とないだろう。






すると、彼はゆっくり頭を上げた。

彼はどこか顔色が少し悪い。



「おい、なんでだよ…っその才能がもったいないだろ!!サッカーでもバスケでもない、弓道でしか生かせない才能をいまここで!生かさなくてどうするっていうんだよ!!」



小野木くんの瞳がぐらぐらと揺れたのが見えた。

彼なりに必死なのだろうか。弓道への思い、信念、全てが俺なんかよりはるかに上回っている。そんな彼の思いを、今、俺は上手く受け止めきれない。



『俺だって…』



強く拳を握った。思わず力んでしまう。



『俺だって弓道したい!!』


「…なら…!」


『でも!!



…怖いんだ。もう弓を持つ手も無意識に震えて、体全体が弓道を拒否してるんだ。

だから、だから




もう弓道はやらない』




ハッと我に返ったときには足元が少しばかり濡れていた。


頬を触ると、何か濡れたものが伝った跡。






「おい、…」




彼は一瞬何か言いかけたが、口を開いては閉じ、言葉を呑み込んだ。


先程彼と俺が声を荒らげたことによって、少しずつ俺らを取り囲む観客が増えてきた。

みんな、更衣室のドアから顔だけ出して覗いてくる。



メガネを外して涙を拭く。視界が鮮明になって、俺を見つめる小野木くんの顔がはっきりと見える。




なんで、そんな、悲しそうな寂しそうな、俺を憐れむような目で見てくるの。




鞄を持って、更衣室からからとび出た。




だから、ここに来ちゃいけなかったんだ。

俺は、きっと無条件に人を傷つけてしまうだけ。



そして、自分から、小野木くんから、弓道から、自分の気が済むまで逃げるように走った。

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作者名:不満 | 作成日時:2022年9月1日 1時

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