風は涙を吹き飛ばせない 二

＊79　九月二十一日変更 ページ31

「＿＿＿…っ、俊太郎…」
「…」


(…また俊太郎、かァ…)


目の前で泣き続ける水澪が呼んだのは、俺ではない男の名前。

俺は胸につかえた何かに気付きながら、水澪の頭を撫で続ける。


＿＿＿水澪、そいつは、そんなに名前を呼ばなきゃならねえ奴なのか。

俺のことを見ろ、という訳ではない。

そいつの名前を呼ぶことで、毎度毎度、水澪は肩の荷を重くしているのではないか。

自分を責めることを、やめることができないでいるのではないか。


(…もう少し、自分に優しくしろォ)


俺が、絶対に守ると決めた存在。

どうしても、守りぬきたい存在。

大切でならない存在。


(…俺の気持ちはどうでもいいィ。水澪にはやっぱり、救いが必要だァ)


指で透明な涙を拭って、俺は「顔上げろォ」と水澪に言う。


「はい」


水澪は袖で目元を拭って顔を上げた。


「いいか、これから言うことは守れよォ」

「はい」

「まず、一日でも早く怪我を治すことォ」

「はい」

「治ったら、すぐに俺の屋敷に来ることォ」

「はい」

「鍛錬がきつくても、逃げ出さねえことォ」

「はい」

「俺との任務の時は、前みてえな鬼の斬り方して足引っ張らねえことォ」

「はい」

「最後に、一人で泣かないことォ」


俺がそう言うと、水澪は一瞬、驚いたように目を開いて、


「はい」


と、儚く、壊れそうに、







そしてどうしようもなく、






＿＿＿綺麗に、微笑んだ。

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