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一方のAの頭は、緊張と期待と不安とで、ごちゃごちゃになっていた。いや、特に不安の比率が大きいだろうか。

 これからAが二郎に伝えることは、場合によっては彼を不快にさせる。まだ出会ってそう時間の経ってない女にいきなりこんなことを言われたところで、彼はきっと驚くし、戸惑うに違いない。



 Aは、片手に持ったA4サイズの紙をくしゃりと握り潰した。赤ペンのバツ印で満たされた余白、皺だらけの四隅。一度そこに目を落として、ふぅーと息を吸い込む。

 もう、なりふり構っている時間はないのだ。言え、言うんだ。大丈夫、きっと彼なら、この気持ちも受け止めてくれる。



「……二郎くん」
「ん。おう」

「私、この準備室で初めて二郎くんと喋ったとき、二郎くんが私の話を親身になって聞いてくれたの忘れない。二郎くんに会えて、本当に良かったと思ってる」

「……おう」



 突然、Aの抱える、自身に対する思いを打ち明けられたことに違和を覚え、二郎は眉根を寄せた。



 やっぱりこいつも、結局は。


 何も願っていなかったはずなのに、なぜか裏切られたような気分になる。こいつはどこか、他の子たちとは違うと、心の何処かで確信していたのに。

 半分諦めたような、絶望したような心持ちのもと、二郎は再度Aの言葉に耳を傾けた。



「優しくて、明るくて、気さくで、頑張り屋さんで。そんな二郎くんなら、きっと私のこの気持ちを理解してくれると思って、今日呼び出しました」



 Aは、二郎を見上げる。色違いの瞳に自身の顔が映る。
 言え。言うんだ、私。



「……お願いがあります」




 すうっと、Aが息を吸い込んだ音を、二郎は聞き逃さなかった。



 ――突如、Aが地面に膝をつき、さらに両の手のひらを床につけて屈んだ。彼女はそのまま額を地面に擦り付けそうな勢いで頭を下げる。


 訳が分からないといった様子でAを見下ろす二郎の鼓膜を、彼女の声が(つんざ)いた。







「今度の十二月。私が参加する演奏会で、私の合奏パートナーとして二郎くんに三味線を弾いて欲しいんです!」







 ――放課後の第二音楽準備室に響いたのは、愛の告白でも、男女のお付き合いの申し出でもなかった。







「………は?」

 


 これは――Aと、山田二郎。

 二人がこれから八ヶ月で奏でていく『音の葉』の、長い長い楽章の始まりに過ぎなかったのだ。

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Rizuki(プロフ) - ここちさん» 恋愛要素少なめの本作ですので、ネット小説の需要を考えると多くの人の目に留まる作品ではないのかもしれませんが…こうやってあなた様のように温かなお言葉をくれる読者様がいることを私は誇りに思います。ありがとうございます、そのお言葉とても励みになりました。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - すぎさん» 等身大に書けていましたでしょうか…!?ありがとうございます、そのお言葉とても自信になります(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 通行人さん» 「文字列が美しい」なんて、最上級の褒め言葉ですよ…!(; ;)そんな風に言って頂けて非常に恐れ多いところですが、ありがとうございます。とても嬉しいです。気が向かれましたら是非またいらしてください、いつでもお待ちしております。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - ハネムさん» 登場人物も設定も拘りに拘り抜いていた箇所なので、そこに気づいてくださるハネムちゃんのような読者様がいらっしゃると本当に心強い!今後も恐るべき亀更新で進んでいきますが、温かく見守って頂けますと幸いです。いつもありがとうございます大好き(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 夕顔さん» 信じられないほどの亀更新だったにも関わらず、序章完結まで温かく見守ってくださったこと、とても光栄に思います。自由気ままに書いておりますので、もしまたご都合が合いましたら遊びにいらしてください。この度はご感想ありがとうございました。 (2021年4月22日 8時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Rizuki | 作成日時:2021年1月7日 21時

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