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 帰りのホームルームを終えて、早く『花笑み』の稽古に向かおうと立ち上がったAだったが、昇降口を抜ければ何やら人だかりができている。道が塞がれて前に進めない。


「二郎くん、グラウンドでサッカーやってるよ!」
「かっこいい〜〜っ」


 フェンスに張り付いて黄色い声を上げる女子たち。どうやら、他クラスの体育の授業がまだ終わっていないようだ。複数の男子がサッカーをしているが、中でも長身で動きが俊敏な二郎の姿がよく目立っている。



「二郎くん、頑張れ〜っ!」
「試合、白熱してるみたいだよ」



 汗を流して走り回る他の男子たちには目もくれず、女子の視線は一斉に二郎に向けて注がれていた。一年生から三年生までと幅広く女子の心を奪う二郎の姿を、Aは呆けたように見つめていた。


 四月も下旬、照りつける日差しは夏のそれに匹敵するほど強い。光に照らされる二郎は美しく、輝いていた。


 背が高く、体操着から覗く手足は白くて逞しい。首元まで覆われるほどの長さを有した黒髪は、半分だけ後ろで緩くまとめられている。

 伏せられた睫毛の先が上を向き、ゴールを見据えた瞳がキラリと光った。足先が器用にボールを操り、二郎はゴールキーパーと対峙する。



 風が舞った。それはグラウンドを駆ける二郎の方から吹いてくるようだった。Aはハッと目を見開き、身体いっぱいにその風を受けた。一筋の光をめがけて、まっすぐに、強く。それでも温かく、優しい音の葉。


 擬音にも表しきれない音のすべてが、Aの鼓膜を貫いた。脳の奥を刺して、突き動かすように。



 Aの見知る世界は、二郎の奏でる音で満たされた。他の雑音など、何も聞こえてこない。



 足先がボールに当たる。漏れ出る吐息。吸い込まれていく、白と黒の球体。




 試合終了のホイッスルが鳴った。雄叫びを上げて二郎に群がる男子たちと、フェンス越しで黄色い声を上げる女子たち。

 Aはようやく我に返り、この世の奏でるすべての音を受け入れた。流れ込む情報量の多さに頭が追いつかず、脳がバグを起こしそうになる。



「っ……」



 額を片手で押さえ、息を整え、目を閉じて。唐突に瞼の裏に蘇ったあの人のことを、夢想する。




 荒れ狂う海で音を奏でた、彼。たおやかな光のもとで、撥をはじき、音の葉を紡いだ人。Aは夢の中で、彼から目を離すことができなかった。

あの人が今、そこにいた。





「『二郎』、くん……」





 今朝に夢見た彼の名は、山田二郎。

 それは嵐の中に射し込む、一筋のあたたかな光。

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Rizuki(プロフ) - ここちさん» 恋愛要素少なめの本作ですので、ネット小説の需要を考えると多くの人の目に留まる作品ではないのかもしれませんが…こうやってあなた様のように温かなお言葉をくれる読者様がいることを私は誇りに思います。ありがとうございます、そのお言葉とても励みになりました。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - すぎさん» 等身大に書けていましたでしょうか…!?ありがとうございます、そのお言葉とても自信になります(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 通行人さん» 「文字列が美しい」なんて、最上級の褒め言葉ですよ…!(; ;)そんな風に言って頂けて非常に恐れ多いところですが、ありがとうございます。とても嬉しいです。気が向かれましたら是非またいらしてください、いつでもお待ちしております。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - ハネムさん» 登場人物も設定も拘りに拘り抜いていた箇所なので、そこに気づいてくださるハネムちゃんのような読者様がいらっしゃると本当に心強い!今後も恐るべき亀更新で進んでいきますが、温かく見守って頂けますと幸いです。いつもありがとうございます大好き(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 夕顔さん» 信じられないほどの亀更新だったにも関わらず、序章完結まで温かく見守ってくださったこと、とても光栄に思います。自由気ままに書いておりますので、もしまたご都合が合いましたら遊びにいらしてください。この度はご感想ありがとうございました。 (2021年4月22日 8時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Rizuki | 作成日時:2021年1月7日 21時

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