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数秒ほど言葉を発せずにいたけどなんとか我を取り戻し、私は山田くんに自分の名前を告げた。
「えっと、名前ね! 私は、AA」
なんでもない風を装い、努めて快活に返事をする。
ああ、どうして名前を聞かれたくらいでこんなにも動揺してしまうんだろう。……うん、きっとあれだ! 普段男の子と話す機会も殆どないから緊張してるだけ。
ましてや相手はこんなにもかっこいい男の子。チキンになるのも無理はない。
「おう、Aっていうのか。今日はあんがとな。また一緒に話そーぜ」
「…うん!」
「俺のことは二郎、って呼んでくれて構わねぇから。山田って奴この学校にも結構いるし、名前で呼んでくれた方が助かる」
「そうだね! じゃあ改めてこれからよろしく、二郎くん」
にっと笑って挨拶するけど、下の名前を呼ばれたことに内心バクバクだ。
私の言葉に山田く…じゃなくて、二郎くんもまた笑顔を浮かべ、そのまま踵を返して歩き出した。
だけど、
「つーか、お前は帰らねぇの?」
数歩歩いた彼が、そう言って振り返りざまに問いかけてくる。
「…ん!?」
完全に二郎くんを見送る体勢を取っていた私は、不意に呼びかけられたことでがちがちに身体を強張らせ、間抜けな返事をしてしまった。
思考が追いつかず固まる私に、二郎くんはもう一度問いかけた。
「お前も、帰らねぇの?」
「う…うん。帰る、かな」
「んじゃあ一緒に帰ろーぜ」
爽やかに告げた二郎くんを見て、私は頭の上にたくさんのハテナマークを浮かべた。
…これはなんのイベントだ? この私が、あの山田二郎くんに「一緒に帰ろう」と誘われている?
「…夢?」
そう呟いた声は、二郎くんには届かなくて。
彼はただ私に「ほら、行こう」と告げるから。
私は「じゃあ、失礼します」、なんて言いつつ二郎くんの隣に立つことしかできなくて。
第二音楽準備室から、第二音楽室へ。畳の空間から、防音性のカーペットへ。二人並んで歩きながら、私は途中で振り返る。
電気の消し忘れは…なし。
「…」
人っ子一人いないこの空間。かつて、箏曲部の活動が行われていた第二音楽準備室。
今日この瞬間、静寂の一室が大きな思い出の地へと変わった。
多分それは、ここが私と二郎くんの出会いの場所だから。
うわの空になった私に二郎くんが声をかけ、ハッと我に返る。
靴箱から取り出した上履きに足を通し、彼のあとを追いかけた。
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Rizuki(プロフ) - ここちさん» 恋愛要素少なめの本作ですので、ネット小説の需要を考えると多くの人の目に留まる作品ではないのかもしれませんが…こうやってあなた様のように温かなお言葉をくれる読者様がいることを私は誇りに思います。ありがとうございます、そのお言葉とても励みになりました。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - すぎさん» 等身大に書けていましたでしょうか…!?ありがとうございます、そのお言葉とても自信になります(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 通行人さん» 「文字列が美しい」なんて、最上級の褒め言葉ですよ…!(; ;)そんな風に言って頂けて非常に恐れ多いところですが、ありがとうございます。とても嬉しいです。気が向かれましたら是非またいらしてください、いつでもお待ちしております。 (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - ハネムさん» 登場人物も設定も拘りに拘り抜いていた箇所なので、そこに気づいてくださるハネムちゃんのような読者様がいらっしゃると本当に心強い!今後も恐るべき亀更新で進んでいきますが、温かく見守って頂けますと幸いです。いつもありがとうございます大好き(; ;) (2021年4月22日 11時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
Rizuki(プロフ) - 夕顔さん» 信じられないほどの亀更新だったにも関わらず、序章完結まで温かく見守ってくださったこと、とても光栄に思います。自由気ままに書いておりますので、もしまたご都合が合いましたら遊びにいらしてください。この度はご感想ありがとうございました。 (2021年4月22日 8時) (レス) id: 1b129a5f85 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Rizuki | 作成日時:2021年1月7日 21時