第四話：太宰治 ページ5
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「君たちかい。私の入水を邪魔したのは────」
突然理解不能な事を云い出したかと思えば、男はピタリと石のように身体を固めた。
彼の視線の先には、涼しそうでツンとした表情のA。
「嗚呼、其処の麗人！
憂いを含んだ翳りのある鉛色の瞳、
濡羽色の美しく長い黒髪、
涼しく刺すような美貌、.......
如何か私と“心中”を............」
『何云ってンだアンタ。厭に決まってる』
それを口に出して云える彼女の度胸は尊敬する。
Aがそうきっぱりと云い捨てると、男は態とらしく「それは残念だ」と肩を竦めた。
然し、何事も無かったかのように平然とした顔で云う。
「まぁ....人に迷惑をかけない清くクリーンなジサツが私の信条だ。だのに君達には迷惑をかけた。
何かお詫びを──────────」
ぐぅう。と、敦の腹が鳴った。
「さっき砂糖菓子食っただろ」と云わんばかりの顔でAが敦を横目で見る。
「.....空腹かい少年？」
「じ、実はここ数日何も食べてなくて....さっき彼女が砂糖菓子をくれたんですけどそれでも足りなくて....」
ぐぅう。と、今度は男の腹が鳴った。
「私もだ。ちなみに財布も流された」
「えぇ？助けたお礼にご馳走っていう流れだと思ったのに」
「？」
「“？”じゃねえ！」
茶番でもしているのだろうか。
Aが二人の掛け合いを眺めていると、反対側の河川敷に人影があることに気付く。
「こんな処に居ったか唐変木！」
仁王立ちで、遠くから見ても分かる険しい顔つきだった。
男は彼を「国木田君」と云う。
「そうだ君、良いことを思いついた。彼に奢ってもらおう」
「へ？」
訊けよ！と叫ぶ声も無視して、男は続ける。
「君達、名前は？」
「中島....敦ですけど」
「そこの麗人は？」
『島崎A。麗人ッて呼ばないで』
眉を顰める彼女を見るなり、男は大層愉快そうに「はっはっは」と微笑った。
反対側から国木田と呼ばれる男が叫ぶ。
「俺の金で太っ腹になるな太宰！」
「太宰？」
「嗚呼、私の名だよ。
──────太宰。太宰治だ」
飄々とした様子で、太宰は微笑んだ。
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
