第二十七話：ファム・ファタール ページ29
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「なァアンタ」
そう云うと、女が振り返る。
『何か』
黒いカマーベストに短丈のタイトスカートを着こなし、金具の付いたチョーカーを付けた、黒髪の女だった。
長い黒髪と、肌は対を成すように白い。
ガイノイドの様に整った顔立ちで、
弱々しくない細身な体だ。
そして冬の海辺の曇り空のように涼しそうな、
限りなく灰色に近い青色────
鉛色の眼が俺を捕える。
「突然悪ィが、それ貸してくれねェか？」
『ン、どうぞ』
女は、あっさりと承諾して手に持っていた
咥えた煙草を近付け、火を移す。
「ありがとな」
返事は無かったが、代わりに女は眼を伏せた。
軽く吐き出すと、煙草の匂いが微かに立ち込める。
指で弾いた煙草の一部だった赤が床に落ちて暫く燃えると、力尽きたのか塵のように黒くなった。
一つ分開けた隣の女を横目で盗み見た。
横顔だけでも分かる、刺すように涼しい美しさが火花を散らす、輪郭の整った淡麗な顔だった。
真っ白な石を掘ったように冷たく見える。
『良い天気ですね』
女は視線を海面に向けたまま、呟くように云った。
「嗚呼そうだな。散歩日和だ」
『ホントにね』
一瞬だけ、女が微笑んだ気がした。
女はその場で海を眺めていたが、
しばらくして踵を返して去って行った。
俺も煙草が半分以上が灰になった処で、
その場を去った。
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
