第二十六話：オム・ファタール ページ28
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パンプスだけを引っ掛けた足元が、交互に動く。
Aは、散歩でもするかのようなのんびりとした足取りで、探偵社から少し離れた場所で歩いていた。
歌を小さく口遊みながら、
『─────、』
彼女は、暇な時に決まってそれで遊ぶ癖がある。
出た意味は特に無いが、外の空気を吸いたいと思った。
なんせ、あの短時間であんな事があったのだから。
爆弾魔が出たと思えばそれは入社試験の一部であり、社員総出の演技。その上に合格して入社。
『父さんに知らせなきゃなァ....』
最近は父の墓参りに行っていない。
墓参りには何の花を添えに行こうか。白菊。金盞花。百合。控えめな色の方が良いだろうか。
そんな事を考えていると、海岸通りに入る。
柔らかい海風が肌を優しく撫でた。
Aは海岸が眼前にある柵に腕を乗せて寄りかかり、その風を身体全体で感じようとする。
髪が揺れて靡いて踊って。
「────なァ、アンタ」
後ろから低い声が、Aを呼ぶ。
振り返ると、其処には橙色の癖のある髪に、三白眼の蒼眼を持った小柄な美丈夫。
首にはAのようにチョーカーが着いていた。
少し神経質そうな顔つきだ、と思う。
『何か』
被っている帽子から覗く、青空を写した瞳。
男はAの
「突然悪ィが、それ貸してくれねェか？」
『ン、どうぞ』
Aは見ず知らずのその帽子を被った男に、
男は咥えた煙草を近付けて、火を移した。
「ありがとな」
男はAと一つ分開けた隣で、煙草を吸う。
風が若干吹いているからか、男が煙草を吸っていても然程匂いはしてこなかった。
煙を吐く吐息と、揺蕩う灰色。
父も、あの
遠い過去の記憶の中に、確かにあった。
知らない男と、その姿が重なる。
『良い天気ですね』
「嗚呼そうだな。散歩日和だ」
『ホントにね』
それ以上の会話は交わさなかったが、Aは数分間、
名前も知らないその男と時間を共にした。
煙草は好きでは無いものの、悪い気はしなかった。
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
