第二話：或る女 ページ3
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中島敦は、隣で腰を下ろす島崎Aを見た。
相手を射抜くような切れ長の眼。
筋の通った華奢な鼻。
若干の曲線を描くアーチ眉。
贅肉を削いだ冷たそうな白い肌。
敦の心の奥がざわり、と波打つ。
そんな彼女は今、手持ちの
カチンカチン、と無意味に蓋の開け閉めを繰り返していた。
銀色のアラベスク柄で、
大人びてはいるが彼女も十八くらいの未成年だろう。
若しや、煙草でも吸う不良少女なのか。
「あの....その
『敬語要らない』
「つ、使うの？」
敦は云い直した上でも必要以上に恐る恐る問い掛けると、Aが手を止める。
そして数秒の沈黙の後、漸く口を開いた。
『いや、使わない。あくまでも形見だから』
「形見....？」
“形見”と、云う彼女に、敦は鸚鵡返しをする。
『.......戦死した父さんの』
それだけ呟くと、Aはまた
安易に踏み込んで良い話じゃなかったな、と敦は後悔する。
『....敦はさ。田舎の鼠と都会の鼠、どっちが良い？』
突飛な事を訊かれて、敦は「え？」と顔を上げた。
先程の会話で空気が悪くなったために、彼女なりに話を逸らそうとしたのだろうけど。
『イソップ寓話の一つだよ。
田舎の鼠は穏やかで安全な場所で暮らせるけど、
都会の鼠ほど美味しいものを食べられない。
都会の鼠は美味しいものが食べられるけど、人や猫が大勢居る危険な場所で暮らさなきゃいけない』
「僕は....田舎の鼠かな。矢ッ張り危険な所に住むのは厭だし、平穏に暮らしていたい」
何とも予想通りの応えだった。
「Aさんは？」
『私は....都会の鼠。危険でも其処にそれ以上の価値があるのなら、危険と隣り合わせでも構わない』
「す、凄いね」
きっと度胸がある人なんだな、と敦はヘタレである自分と見比べて感心した。
「ところでこれ、何か意味のある質問なの？心理テストみたいな...」
『無い』
二文字で否定され、敦は苦笑を浮かべた。
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
