第十八話：ひとときの ページ20
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「やぁ良い朝だね。その服、似合ってるじゃないか」
ドラム缶に嵌っているのにも関わらず、太宰は何事もないかのようにAに微笑んだ。
Aは新種の生物を見るかのような目で彼を見る。
『ドラム缶に嵌っているのは...』
否、それを訊くのは何だかいけないような気がする。
Aは言いかけた言葉を喉の奥にしまい込み、太宰の腕を引っ張ってドラム缶から出そうとした。
「や〜、本当にすまないね！」
『思ってないだろ』
少しぶっきらぼうな言い方だが、棘は感じられなかった。
高級な長毛猫のように柔らかい髪の毛先が、
ゆらりと彼の頬を撫でる。
少し擽ったかった。
太宰の腕を引っ張る、線の細い白磁の手。
掌の低い体温が皮膚に伝った。
『─────』
ツンとした涼しげな表情が崩されず、研いだような切れ長の眼が鋭くなる。
太宰を見る、憂いな鉛色の双眸が。
『.....抜けないンですけど』
力には結構自信がある彼女だったが、ドラム缶に隙間無く嵌っているのか中々抜けない。
これは人手が必要そうだ。
『他の誰かを呼べない？』
「他....嗚呼！敦君が居るじゃあないか」
太宰は顎でAが寝泊まりした
彼も
そして、何とか手を動かして
敦に電話を掛けた。
────────────────────────
敦は早朝ということもあって寝起きなのか降りて来ないので、Aは「そう云えば」と話を切り出す。
表情は乏しいが、どことなく気まずそうだった。
『昨日は...アンタに失礼な事を云って悪かった。
「大人」ッて言葉で都合良くまとめて、子供みたいな勝手な先入観に囚われて』
「太宰」
話の途中で自分の名前を挙げた太宰に、Aは首を傾げた。
「“アンタ”、じゃなくて太宰だよ」
思いがけない予想外れの言葉に、目を皿にした。
つまり「アンタ」ではなく自分を「太宰」と呼べと云う事だ。
確かに、年上に対してアンタは失礼だったか。
『.....太宰さん』
「うん」
太宰は満足げに頷いた。
くだらない、と思った。
けど、同じくらいそれが面白可笑しくて、Aの口角には微笑浮かんでいた。
何故か和やかな空間だった。
これで、彼がドラム缶に嵌っていなければ良かったのだが。
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作者名：椿 | 作成日時：2024年4月16日 20時
