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着いたのは、とある喫茶店。エミさんの名前を出して通り、店内を探す。ふと、こっちです。と声が掛かり、振り向くと。確かにいる。少し紫掛かった、日本人特有の黒い瞳。明るめの、所々はねた茶髪。愛用している薄紫のストール。
「兄、さん…」
「久しぶり。」
本当に彼だ。確かに其処にいる。何処からともなくこみ上げる涙に、思わず頬を濡らしかける。
そこでエミさんに腕を引かれ、やっと我に返る。エミさんの横に座り、兄さんと対面する形になる。無意識の内に背中には冷や汗が伝い、自分の緊張感を知らしめてきている。俺が声をかけようとしたのと、兄さんが声を発したのは同時だった。
「コネシマ、エーミール」
「今まで、有難う。」
俺の中の何かが、一気に冷めていくような気がした。頭上から爪先まで、冷水を浴びさせられたかのように動かなくなる。
今までもこれからも、できる事なら聞きたくなかった、たった一言。その重みが心にズンとのし掛かる。ちら、と横を見ると、エミさんが申し訳なさそうに手に力を込め、俯いている。
「久々に会って、まず一言目がこれなのは申し訳ないって思う。でも、自分が決めた事だから。」
そう言った兄さんは、口元だけに感情を貼り付けたようにふっ、と微笑み、背凭れに体を預ける。その後の沈黙は、ただただ重いだけ。息苦しくなる感覚。シャオロンの時のように、自分の思った事を伝えたい。だが、今心の中に残っているのは、
「行かないで」
その一言だけ。
「…ごめんね」
そして、兄さんから発されたのも、その一言だけ。もう、顔を上げる事はできなかった。一向に後悔の念に囚われ、どうすれば彼を引き止められたのだろうと考えるも、答えなんかでない。どっち道、彼は此処を離れて行くのだ。嫌だ、行かないで、そんな言葉は届かない。彼の心は、何かで隔てられた所に置き去りに為れているみたいに。何も、感じられなかった。
そこで、ふと気が付けば、兄さんは席を離れていた。
「兄……、」
これ以上深く問い詰めるのはやめよう、無駄だ、と思った。それと同時に、もう何もしたくない…その、同じようで矛盾している二つの心情が混ざって、ただ溜息となって空気中へ溶け込んだ。
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作者名：ringo517 | 作成日時：2020年10月11日 20時
