花 ページ4
「伏黒」
きらきらと、決して合うようには見えない橙と紫が共存した浜辺で、彼女は目を閉じながら、からからと笑って飛び跳ねた。
夕刻、海が眩しい。
冷たい空気が肌に刺す中、伏黒の中で幽谷はひとりの女性として確立していた。
ふわりと彼女のスカートが揺れる。
伏黒と出会った頃よりずっと血色の良い頬は柔らかな笑みを浮かべている。
すべてがねじれて歪んで見える彼女の瞳には自分がちっとも曲がらず映っているのに、彼女からはぐちゃぐちゃの絵のように見えているという。
目元を押さえて、それで目を開けると相手が動かないかぎりずっと美しく見えると彼女は言う。
永遠に彼女の瞳に残りたい。
だから、それだったら動かなくていい。
こんなこと言うのは伏黒だけだと彼女は笑った。
教師も、同期もよく笑うようになったと幽谷を噂していた。
ただ、伏黒は自分のおかげではないと言うのだが、彼女の笑顔は断然増えていた。
待ち合わせの、少しも頬を緩めない口元が、自分が現れた途端に歪むのが光栄だった。
少し、胸が震える。
「恵、伏黒の恵っ」
幽谷は長いスカートを脱ぎ去る。
細く白い足が、薄く淡い水色の下着とともに見えるのだが、伏黒はそこにリビドーや恥じらいを覚えることはなかった。
彼女をそんな浅ましい目では見られなかった。
まるで、全裸の…裸を美とする絵画を見ているような気分。
それがどんどん立体感を帯びてゆく。
ニットもシャツも脱いで、とうとう幽谷は下と同じ淡い水色の下着だけになった。
薄く白い腹が背後から斜陽に照らされ、オレンジに染まる。
そうして彼女は何を思ってか、海に飛び込んだ。
強く高い波が彼女を飲み込み、彼女は数分、濯がれて伏黒に駆け寄る。
「ああ、ほら伏黒、濡れた」
寒さを感じさせない真っ赤な唇。
歪まず、輪郭まで正確に自分が映る瞳。
伏黒は彼女を抱き寄せた。
あの日から数カ月、伏黒は幽谷を愛の対象として見ていた。
恋のような形をした、恋ではない何かだった。
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