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『…そんなんじゃ一生損しかしねぇぞ、お前』
「……うん」
酒が入っているせいか、Aの身体はあたたかかった。
そもそも身体に触れることがそんなにないから、基準値を知っているわけではないが。
『嫌なときは断りゃいいんだよ。やりたくねぇとかめんどくせぇとか、言わねぇと分かんねぇんだろ、多分。お前の周りの奴らは』
「うん……わかってる…。みんないい人だから、ちゃんと言ったらやってくれるっていうのも分かってる…けど…」
彼女はしばらく何も言わなかった。
外を走っている車のライトに部屋がうすく照らされ、通り過ぎるとまた暗くなる。
Aからはきつい酒の匂いがする。
でも、彼女の頭に口元をうずめると、いつもこの家の風呂場を満たしているあの、甘い花の香りもした。
「…鹿紫雲さん、」
彼女は俺の名前を呼ぶと、少し身体を離して俺の目を見た。
「やっぱりわたしって、鹿紫雲さんにとっても…ただの都合のいい女なの?」
『……』
「わたしね、まわりの人に都合のいい人間って思われてるの…ちゃんとわかってるんだよ。
でもね、そうやって…周りの人にとって都合のいいように立ち回る以外にどうやって、自分の居場所を見つけたらいいのか、分からないの。
自分がやりたいようにやったり、嫌なことを嫌だって断ったりしたら…もう誰にも必要としてもらえない気がして…怖い…」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
自分の中に抱えてきた思いを言語化して、他人に向かって口にしたのは、きっと今が初めてなんだろうと思った。
「…だから、都合のいい女って思われてても、別にいいの。それで、なかまはずれにされないですむなら…
今日みたいに辛くなっても、明日にはもう涙も出てこなくなるし、時間がたてばわすれちゃうから。でも…」
Aは俯いた。
長い髪が顔の周りに幕を作って、表情が見えなくなる。
「…でも、わたし……」
Aは絞り出すようにそう言うと、俺に抱きついた。
俺の背中にまわされた腕は細くて、弱っちくて
でもきっと、これが弱いなりの彼女の精一杯なのだろうということは、よく分かった。
それがどうしようもなく哀れで、愛おしかった。
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ヤハウェ(プロフ) - 由良の門をさん» そういう先輩っていうのは社会にごろごろいますから気をつけていきましょうね‼️鹿紫雲たんみたいなのが一家に1人いれば、日本社会はもっとマシになるはずであります…応援あざむぁす! (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - うみさん» ありがとうございむぁす‼️いい話ですよね😍オイラも好きですよ✨ (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
由良の門を - 企画を丸投げする先輩共腹立つと同時に、鹿紫雲の優しさが主人公にしみますね・・・!更新楽しみです!頑張ってください!!!! (1月15日 23時) (レス) @page17 id: 2f071b2218 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 作者さまの小説の中でこの小説が1番好きです!鹿紫雲目線と主人公ちゃん目線の書き方、文章の表現が素晴らしいです…好き! (11月29日 21時) (レス) @page23 id: d6837fdd33 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - あわさん» そう、鹿紫雲ちゃんは最高なのですよ!!沼れ!沼れ!いや、もう沼っているはずだお。この小説を読んだことがその証拠さ… (2023年4月13日 0時) (レス) id: 4505794e30 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヤハウェ | 作成日時:2022年12月3日 0時