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店で落ち合ってからというもの、コイツは何も喋らないでただ黙々と酒を飲んでいる。
空になったグラスが、すでに机の三分の一を占領していた。
「…すみません、もういっp…」
店員を呼ぼうとするAの手を掴む。
『十分飲んだろ。もうやめとけ』
「うるさいなぁ…関係ないでしょ…」
だいぶ酔いが回っているような喋り方だった。
『よく分んねぇまま飲みに付き合わされてる俺の身にもなれよ』
コイツが酒を飲むなんて滅多にないことだ。
何かあったんだろうが、コイツは何も言わない。
注文をさせてもらえないことが分かると、Aは不貞腐れたように机に突っ伏した。
『飲まねぇならもう帰るぞ』
「……」
『立てるか』
「…無理」
腕を掴んで立たせてみたが、よれよれで全然真っ直ぐ歩こうとしない。
俺はため息をついてから、仕方なくAを背中に乗せる。
俺からすりゃあ、ほとんど何も感じないくらいに軽い。
『絶対吐くなよ』
耳元で、Aが笑う。
あたたかい息が、俺の首元にかかる。
それから、しばらくの間Aは黙っていた。
人の背中で寝やがったかと思ったが、違う。
小刻みに震える息と、鼻を啜る音でそうだと分かった。
『…泣いてんのか』
「……」
Aが何も言わないまま、家に着いた。
・
とりあえず、布団にAをおろす。
布団にぺたんと座りこむAの前に俺も座ると、Aの頬をつたった涙が滴るのが見えた。
『何かあったなら飲む前に言えよ。何も言わずに泣かれてもどうにもできねぇから』
「……」
Aは、清水みたいな涙をいっぱいに溜めた目で俺を見た。
その目を見たとき俺は
コイツが何かを言い出すよりも先に、俺の方から何かしてやらないといけないのではないかという
出どころの分からない義務感にさらされた。
その目はものすごく、何かを言いたそうにしているのに
彼女の喉は、何かを堰き止められているかのように音を発さなかった。
彼女の頬に触れて、目からこぼれ落ちる涙を拭ってやると、俺の手に彼女の小さな手が重なった。
今、俺が何をしようとしても
Aはきっと流されて、抵抗もしないまま俺を受け入れるんだろう。
この彼女の脆弱さを、一体今まで何人の男が私利私欲のために利用してきたのだろうかと考えると
苦しくなった。
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ヤハウェ(プロフ) - 由良の門をさん» そういう先輩っていうのは社会にごろごろいますから気をつけていきましょうね‼️鹿紫雲たんみたいなのが一家に1人いれば、日本社会はもっとマシになるはずであります…応援あざむぁす! (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - うみさん» ありがとうございむぁす‼️いい話ですよね😍オイラも好きですよ✨ (2月19日 14時) (レス) id: 3429f701c5 (このIDを非表示/違反報告)
由良の門を - 企画を丸投げする先輩共腹立つと同時に、鹿紫雲の優しさが主人公にしみますね・・・!更新楽しみです!頑張ってください!!!! (1月15日 23時) (レス) @page17 id: 2f071b2218 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 作者さまの小説の中でこの小説が1番好きです!鹿紫雲目線と主人公ちゃん目線の書き方、文章の表現が素晴らしいです…好き! (11月29日 21時) (レス) @page23 id: d6837fdd33 (このIDを非表示/違反報告)
ヤハウェ(プロフ) - あわさん» そう、鹿紫雲ちゃんは最高なのですよ!!沼れ!沼れ!いや、もう沼っているはずだお。この小説を読んだことがその証拠さ… (2023年4月13日 0時) (レス) id: 4505794e30 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヤハウェ | 作成日時:2022年12月3日 0時