月に恋せよ暦ガール 【4】

月恋 第189話 「天使と悪魔の囁き」 ページ46

「これ、転んで腫れた訳じゃないよね?」

さらり、どう見ても転んで出来たとは思えない不自然な私の赤く腫れた頬を、優しく己の手で撫でる夜さんから目が離せない。ゆっくりユラユラと瞳を揺らす夜さんは今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。

「…………」

「もう一度聞くね? Aちゃん、この頬どうしたの?」

そんな彼を見て思わず黙りコクる私に夜さんは、優しく柔らかい声色で問い掛けてくる。けれど彼の発する一言一言から逃がす気は無いと言う意志がひしひし伝わってくる。

このまま隠し通して、自分の事情を今は話さずに済むと言う一時的な安心感を得るか、本当のことを伝えて楽になるか。
迷いに迷い選べずに時間だけが只々過ぎて行く。上げた顔を再び俯かせ、それはその、えっと、と口ごもる。

嘘、ついちゃいなよ。夜さんの勘違いってことにしてさ。どうせバレる訳がない。

素直に本当のことを白状しなよ。一回でも嘘をついてしまえば、また嘘を何度も何度もつかなければいけなくなる。苦しくなるのは結局自分だし、また彼を傷つけることになるよ?

私の脳内で黒い羽を生やした悪魔と、白い羽を生やした天使が囁き合う。けれどもう、私の嘘で彼を傷つけたくない。その気持ちの方が大きくて。

「………父さんと喧嘩したんです。最初は軽い言い合い立ったんですけど、段々お互いヒートアップして取っ組み合いの喧嘩になっちゃって、それで―――」

ずっと瞑っていた口を開ければ、堰を切ったかのように、今まで彼等に言えなかったこと、誤魔化してきたこと、嘘をついてきたこと、今まで押さえ込んできた感情達が私の中でもう限界だと溢れだしてきたのである。

「わたし本当は父さんと仲良くなんて無い!」

まず一番最初に吐いた嘘が破り捨て去られる。目の前に居る夜さんに自分の中で溜め込んで、吐き出すのを我慢して、誰にも言ったことのない事実を、本心を、全て吐露するかの様に荒ぶる感情を露にした。

「仕事仕事で全然家にも帰って来ないし、久しぶりに顔を合わせたと思えば成績のことばっか! ちょっと口答えすれば怒られるし喧嘩になるし、喧嘩が激しくなればすぐ手が出る! 昨日だってそう!」

勢いだけで父さんの許可無く、家出半分で東京に来てしまったこと。父さんは自分の芸能活動に反対して、認めて貰えていないこと。本当は仲良くもないし、ここ数年滅多に会話をしていないこと。
全部全部、彼等に隠してきたこと全てを私は吐き出したのである。

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