6．クソ世一 ページ7
不満そうに、けれどもどこか安心したようにただ一直線に俺を見つめる目の前の男に、俺は何故か泣いた。
水滴は加減も知らずに意に反して頬をつたった。
驚きのあまり目を見開いてそのまま硬直したカイザーに自分でも訳が分からぬまま微笑みかける。
大丈夫、悲しいわけじゃない。
自分が泣いている訳は全く分からないけれど、それだけは明確だった。
涙を拭って、カイザーを見つめ直す。
つう。
……何故か、カイザーの頬にも俺と同じように水滴が落いた。長くて色素の薄いまつ毛がきらきらと輝く。
｢……なんで、お前も泣いてんだよ｣
二人で涙を流し合うこの空間があまりにも謎で、吐き出した言葉には笑いが交じった。
カイザーは答えない。
｢ていうか、初めてだったんだぞ｣
未だ目の縁を輝かせている目の前の男に、いたずらっぽく笑って小突くと、ふわりと青薔薇が香った。
｢……当たり前だ、クソA｣
かたくかたく、腕に力を込めるカイザーがなんとも可愛らしくて、俺も同じようにカイザーの背中に手を回して力を込めた。
当たり前。
カイザーは俺の経験が少ないことを当たり前だと思っていたのか。いささか失礼なやつである。
よく考えれば、カイザーは俺を誘拐している身であって、俺はカイザーに誘拐されている身である。
朝起きると、いるはずの俺がいない。警察に行かれたと考えるのが順当であろう。
俺はそんな気はさらさらないし、ずっとカイザーといたいと思っている。
｢カイザー｣
返事はない。
｢俺は、ずっとカイザーと生きたいと思ってる｣
すんと、耳のすぐ横でカイザーは鼻をすすった。まだ泣いてんのかお前。
そして一言、｢プロポーズみたいだな｣、とカイザーは掠れた声で呟いた。
｢あながち間違ってはないけどね｣、と笑うとカイザーはぐしゃぐしゃの顔のまま俺から離れてゲンコツをひとつ、俺に見舞った。
そのままカイザーは家の奥に消えた。
刹那、鼓動が速くなるのが分かった。
カイザーに、キスされた。
海外流のコミュニケーションとはいえ、さすがに心の臓が跳ねた。
初めてのキスはレモン味だなんて言うけれど、そんなことない。
青薔薇がやっぱり香って、少し苦い。
＿＿＿＿｢キスでもされてみれば分かるんじゃね｣
世一の言葉が頭を這いずり回る。
｢クソ世一……｣
俺は頭を抱えて座り込んだ。
なんでこんなに頭が痛いんだ。
認めざるを得ないこの気持ちに何故か無性に腹が立って、世一を恨んだ。絶対におかしい。
続く
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作者名：ちばさんだよ | 作成日時：2023年9月2日 20時
