イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ32)

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32.言ってごらん。ページ32

「おい...結城...？」

心配そうに、先生がもう一歩だけ私に近付いた。

チラ、と視線だけで見上げると笑ってない先生がゴクンと唾を飲んだのが分かった。

「...大丈夫でした」
「え？」
「合格...です」
「マジかっ！？何だよ、もうビビらせんなや！」

身体を折って、ンハハハ！って笑ってる。

「別にビビらせようとした訳じゃないです。先生が勝手にビビってただけですから」
「ビビらせようとしてたろーが。意地悪いなぁ、お前」
「......」
「あーでも、良かったわ。頑張ったな！」

先生が手を、私の頭の高さまで上げたから

撫でて貰えるんだと、そう思ったのに

一瞬空中で揺れたその掌はグっと拳を握って

「おめでとう」

その言葉と共に、そのまま下ろされた。

何度も傷付いてる胸に、また小さな傷が出来た。

「...意地悪なのは...先生です...」
「......結城...」
「先生」
「ん？」

小首を傾げた先生に、私も一歩近付く。

「ご褒美が、欲しいです」
「......」
「受験、頑張ったご褒美を下さい」
「......」

先生が何も言わずに、私をジっと見る。

綺麗なビー玉の目に吸い込まれそうで、何だか怖くて

だけど、目を逸らしたくない。
私も、ジっと先生を見た。

「分かった。おいで」

先に目を逸らした先生が、廊下を歩き出す。

その背中を追いかけるように、私も小走りした。

辿り着いたのは、国語科準備室。

ここに入るのは、あの告白した日以来。

ふと、入り口の横を見ると私が持って帰れなかったビニール傘が立て掛けられてる。

「座って良いよ」
「はい」

ソファに浅く腰掛ける。

少しだけ、煙草の匂いがする。

「はい、ご褒美」

そう言って先生は、私の目の前にペットボトルのミルクティーを差し出した。

「...これ...」
「お前のご褒美って言ったら、これだろ？」
「......」

受け取ろうとしない私の膝に、先生は小さく息を吐き微笑みペットボトルを乗せる。

「...違う」
「何が」
「欲しいご褒美は、これじゃ無い」

私の声は、震えてた。

先生は、怖い顔をする訳でも困った顔をする訳でも無かった。

「オレにはお前にあげられる褒美と、あげられない褒美がある」
「......」
「あげられるモンなら、やるよ」

私の隣に座って「言ってごらん？」って、驚く程に優しい声で言われて

「...私も...頭、撫でて欲しかった...」

言ったと同時に、涙がボロボロ零れて

また子供だって言われる！って思ってるのに、止められなかった。