イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ20)

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20.ビニール。ページ20

「失礼します」

ドアを開けると、先生はいつものように自分の机に座ってプリントの束を捲ってた。

普段だったら集めた課題を渡したりするんだけど、今日は何で呼ばれたのか分からないからその場に立ち尽くす。

「あのー...何でしょう...か？」
「あー、傘」
「え？」
「そこに、ビニール傘あんでしょ？」

先生が指差した先を見ると傘立て...ってゆーか、傘立てにしてるんであろう段ボール箱にビニール傘が三本突っ込んである。

「ありますね」
「それ、使ったら良いよ」
「...え？」
「傘、忘れたって独り言。授業中に言ってたでしょ」
「あ......聞こえてたんですか...」
「聞こえたから注意したんでしょうが」

ハッ、って短く笑うと先生は立ち上がりビニール傘が突っ込んである段ボールの前で三本のそれを見比べてる。

「これが一番綺麗なんじゃない？」

そして、一本を私に差し出した。

「先生のは...？」
「オレは自分の置き傘あるから。お前が濡れんの、困る」

ほら、って私に傘を押し付けるように渡すと先生はまた自分の椅子に座った。

「あり..がとうございます...」

ちょっとだけ

ちょっとだけ、自惚れてしまうのは

もう仕方無かったと思う。

「受験前の大切な時期なんだから、風邪ひいてる場合じゃねぇだろ」
「...そう、ですね」
「どう？受験、大丈夫そ？」
「あ...どうだろう...」
「フハハッ！どうだろうって何だよ。自分の事だろ？」
「だって...やっぱり不安だし...もう逃げ出したいです」

弱いトコロを見せたら、もっと気にしてくれるかな？なんてズルい事を考えてた。

もっと、もっと、私の事を考えてくれないかな？って

一秒でも長く、私を見てくれないかな？って

そんな風に思ってた。

「しゃーないな。ちょっと話聞いてやろうか？」
「えっ！？良いんですか...？」
「良いよ、これも担任の役目だろ」

座ったら？ってソファを目で示されて、私はビニール傘をソファに立て掛けるようにして置いてそこに腰掛けた。

先生が、何も言わずに椅子から立ち上がり私の隣に座る。

小さな二人掛けのソファ。
私達の間に、人ひとり分も空いてない。
肩は、触れそうで触れない。

フワリと、先生から煙草の匂いがして胸が苦しくなった。

「で、何が不安？」
「あ...何がってゆーか...」
「まぁ、漠然と不安だよな。お前の成績、東山の合格圏内まで上がったけど」

色々とアドバイスをくれてたけど、私はその内容よりも先生の声を聴く事に必死だった。