イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ38)

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38.そのお店。ページ38

日曜日、電車に乗っていろはちゃんに連れられて降りた駅は

私が通ってた予備校のある、あの街。

どんどん心臓が、早打ちになる。

「古民家をリノベーションしててね、とにかく良い雰囲気なんだよね」
「古民家...良さそうだね！」
「お店に入った瞬間に、コーヒーの香りがしてさぁ」
「そうなんだ...コーヒーの香り...」

『もしかして』が『絶対そうだ』って確信に変わってく。

「ここ！」

大きな目をキュッと細めたいろはちゃんが扉を開けたそこは

やっぱり、で。

先生とお揃いのブックカバーを付けて貰った、あの店だった。

お店に足を踏み入れると、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。

香りってのは、時として何よりも想い出を蘇らせる引き金になったりする。

お店全体の前方に位置する本屋さん。
その一番目立つ新刊コーナーに、桜井佳乃先生の本を見付けた。

そうだ、来週は先生の講義がある。

「シゲ先輩、こんにちはー！」
「おぉ、いろは！また来てくれたんだ」

いろはちゃんが本屋さんのレジに立ってる店員さんに声を掛けた。

「あれ？こないだはカフェの方に居ませんでした？」
「シフトのラインが今日はこっち、ってだけ」
「そうなんだー。あっ！今日はね、友達を連れてきたんですよ！」

新刊の棚の前で桜井先生の本をペラペラ捲ってた私を、いろはちゃんが手招きして呼んだから

本を棚に戻して、レジまで小走り。

「大学の友達の、結城Aちゃん」

ペコッと会釈する。

「で、こっちが」
「こっち、って言うな」
「アハッ、この方が！高校の時に部活の先輩だった加藤成亮さん」

加藤さんが、「こんにちは」って微笑んで頭を下げた。
エプロンに付けてる名札には『シゲ』って書いてある。

「Aちゃん、本がすっごく好きだし学校でもよくカフェに行ってるから絶対にここ好きだと思って連れて来たんですよー」
「あ、そうなの？読書が趣味？」

いろはちゃんの言葉を受けた加藤さんが、私に質問をした。

「趣味...になってるかもしれないです」

キッカケは、好きな人が国語の先生だったから。

『日本語が好きです』と、好きな人に言ってしまったから。

「そうなんだ！俺も読書好き。ってゆーか、生活の一部。ってゆーか、俺そのもの？」

楽しそうに笑った加藤さんが、売り場に目をやって「あ、ちょっとゴメン」ってレジから出て行き

メモを見ながらキョロキョロしてるお客さんに

「何かお探しですか？」

って、笑顔で声を掛けた。