イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ34)

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34.優しくない。ページ34

先生の手元をジーっと見てると「緊張するから見んな」って笑われた。

そっぽを向いて先生が書き終わるのを待つ。

「はい、できた」

パタンと生徒手帳を閉じて、私に差し出す。
それを受け取り、席へ戻る。

「さて。じゃあ、そろそろお開きにしますか！」

お開きって！って先生に突っ込む男子生徒につられて、みんな笑う。

その笑い声の中で、生徒手帳をソっと開いた。

「......え？」

きっと『大学でも頑張れ』とか『秘書、お疲れ様』とか、とにかくそんな言葉が書いてあると思ったのに。

『たくさん、ありがとう。二宮和也』

先生はズルい。

先生は意地悪だ。

先生は優しくない。

「卒業おめでとー。家に帰るまでが卒業式です。ンフフ、じゃあね！」

ニーって笑って先生が教室を出て行く。

先生を追い掛けたくて慌てて私も鞄を持って教室を出ようとしたら、「結城ー！筒、忘れてるよー！」って男子に呼び止められて卒業証書を机に置きっぱなしにしてたのに気付いて取りに戻る。

早く追いかけたいのに、焦ってるせいで筒を持とうとして落とす。

「あ...もうっ！」

落ちて転がる筒を拾って、教室を走り出た。

廊下の向こうに先生の後姿を見付けて、必死で追いかける。

「先生...っ！！」

振り返った先生は少し驚いた顔をした後に、微笑んだ。

でも立ち止まらずに、また前を向いてスタスタ歩く。

「先生...待って！」
「待たないよ」

笑い声で言って、スタスタ歩き続ける。
やっと私が追いつくと「ご苦労さん」って、片方の口角を上げた。

「ハァ...ハァ...」
「若いのにこれくらいで息切れすんの？」
「若くても...息くらい、切れます...っ！」

私がどれだけハァハァ息を切らしてても、先生は立ち止まらない。

そのまま辿り着いた準備室のドアを開けたから、「待って下さい！」って言ったら「お前も入れば良いでしょ」って言いながら中へ入って行った。

相変わらず、少しだけ煙草の匂いのする部屋。

自分の椅子に座って、ウーンと両腕を挙げて先生が伸びをする。

「先生...」
「なに？」
「これ...」

生徒手帳を出して、先生に書いて貰ったページを開く。

「何で...こんな...」
「ありがとう、って思ったから」
「...何で...っ」

あぁもう。
どうして、私の涙腺はこんなに弱いんだろう。

「卒業した日は、泣いても許されるんだよ」

先生が椅子のキャスターでコロコロ滑って来て、立ったまま泣くのを我慢してる私の顔を下から覗き込んだ。