イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ4)

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4.覚える。ページ4

「気になる」
「......え...」
「ずーっとそこから見張られてると、気になる」

片方の口角をキュっと上げた先生が、使い終わったジョウロの水を切るようにブンブン振りながら言った。

「あ...見張ってたつもりは無くって...」
「うん？」
「先生、お花好きなのかな...って...」
「別に好きって訳じゃねぇけど、当番なの。水やり」

一仕事終わったって感じで、首を左右にコキコキと倒す。

「当番...」
「そ。まさか教師になってまで水やり当番なんてあるとは思ってなかったわ」

端っこにあるスチールの棚にジョウロを片付けた先生が、裏庭から廊下に戻って来た。

水やりで濡れたのか、ハンカチで手を拭きながら。

「君って一年、だよね」

先生が私の前に立つ。

「...え...何で知って...」

何の接点も無い。

先生が私を知ってるはずなんて無い。

そう思ってたから、驚いて、ドキドキして

「だって、それ」

だけど、先生は何言ってんの？って雰囲気で私のセーラー服に着いてる校章バッチを指差した。

「一年の色じゃん、赤」
「あ...そっか...」

そりゃそうだよね、ってさっきちょっとでも変な期待をした自分が恥ずかしくなる。

「それに、自分の学校の新入生くらい一応ちゃんと把握してるし」
「......え？」
「一年D組の結城Aだろ？」
「......」
「え？あれ？違った！？うわ...マズった...」

先生が、顔を歪めてあちゃーって表情をした。

「あっ...！そうです！結城です！結城Aですっ！」
「え？あってんの？だったらすぐに返事しろやー、大失態と思ったろうが！」

ゲラゲラと大笑いしてる顔は、初めて見たかもしれない。

「先生が私の名前知ってたからちょっとビックリしちゃって...私、A組じゃないし現国もうちは小日向先生だし...」
「新入生入って来たら、名簿と写真で名前覚えるからね。毎年の事よ」
「そうなんですか？大変そう...」
「そうでも無いよ？人の顔を覚えるのは得意だし。一回顔見たら、覚える」
「......」
「一回目が合えば、もう忘れない」

先生が、私の目をジっと覗き込んだ。

色素の薄い、透き通るビー玉のような目。

先生、こんな目の色だったんだ...

「結城。入学式でオレと目、合ったよな？」

目が合ったような気がしたあの瞬間は

『ような気がした』んじゃなかったんだ。

「じゃ、気を付けて帰んなさいよー？」

ボォ...っとしてる私の頭をポンと軽く撫でて、先生は私の横を通り過ぎて行った。