●ソライロ【M】 ページ45
空の写真を撮らなくなったのは、いつからだろう。
真っ青な空にレンズを向けて、やっぱりシャッターは切らずにカメラを下ろした。
「潤さん、撮影再開するそうです！」
「あ、分かった。すぐ行く」
夢だったカメラマンの世界に足を踏み入れ、やっと世間にも認められて来た。
だけど、時々思う。
俺の撮りたかった物って、これ？
ファインダーの向こう側で笑うモデルを見て思う。
撮りたかった人は、他にいた。
その日の撮影を終え、アシスタントの北山を連れて飲みに行くと彼は楽しそうに話し出した。
「潤さん、知ってますか？」
「ん？何を？」
「最近、また使い捨てカメラが流行ってんですって！」
「へぇ...懐かしいな」
「最近の若い子には、フィルムを巻くのも新鮮らしいですよ」
俺らが学生の頃はみんな使ってた使い捨てカメラ。
またブームが来てんのか。
「現像するまでどんな写真か分かんないのも良いんですって」
「あー、確かにそれはあるかもな」
「俺、実家にまだ現像してないカメラあるかも」
北山の言葉に、胸の奥の方がザワ...と騒いだ。
その週末、俺は実家に帰った。
母親は「あら、珍しい」なんて言いながら、「ねぇこないだアナタが撮影してた格好良いモデルさん、お母さんファンなのよー」って楽しそうに話してる。
「あー、良いヤツだったよ」
「やっぱり！顔に出てるわよねぇ」
そうだねー、なんて言いながら階段を上がり自分の部屋へ行く。
俺が家を出た時のまんま。
学習机も、そのまんま。
その机の一番下の引き出しを開ける。
「...あった」
そこに入ってた、まだ現像されてない使い捨てカメラ。
俺はそれを持ってオフィスに戻り、暗室で現像した。
一枚一枚、絵が浮かび上がって来る。
「...綺麗な空だな...」
青い空、赤い空、紫の空。
夢を追い掛けてた俺は、ずっと空を写していた。
キミが「潤の撮る空が好き」と言ったから。
最後の一枚の絵が浮かんで来た時、俺は思わず「久し振り...」と呟く。
夢を実現させる為に、俺は大切な物を手離した。
写真を学ぶ為の留学と同時に、その時付き合ってた彼女にサヨナラを告げた。
小さな長方形の中で、彼女は笑ってる。
撮りたかった人が、そこに居た。
もし、今も彼女が隣に居たら俺は空を写す事が出来たんだろうか。
俺の写真を好きだと、言ってくれるだろうか。
「...何を今更...」
フッ、と笑って
明日、空を撮ってみようと決めた。
・・・・・END・・・・・
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作者名：rei
| 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/personal.php?t=reika72
作成日時：2017年2月22日 17時
