智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ35)

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私が「衣装作れる！」と啖呵を切った相手は、この劇団の主宰で脚本演出家だった。

最近うちがよく取材されるのも、この演出家松本潤が居るからだと思う。
新進気鋭だとか、若き天才だとか。

入団した頃はまだ小さな劇団だったAが、少しづつ大きくなっていくのを体感するのは気持ちの良い事だった。
劇場の客席数が少しづつ増えて行くのが、本当に嬉しかった。

「潤さん、こないだ取材されてた雑誌読みましたよ！写真、格好良く撮って貰ってましたねー」
「はぁ？元が良いんだよ」

お稽古の休憩中に話しかけると、笑って応えてくれる。

演出中は鬼みたいだけど、普段の潤さんは普通のお兄さん。

よく団員に悪戯を仕掛けてるような人。
引っ掛かってる団員を見て、皆と大笑いするような人。

でも、誰かが体調を崩したりするとその子の家まで行ってお粥なんかを作ってあげる。
「早く治してくんなきゃ俺が困んの！」とか言いながら、ポカリやヨーグルトが入ったコンビニ袋を置いてってあげる。

そんな人。

私は、いつからか潤さんの横顔を盗み見るようになっていた。

長い睫毛、高い鼻、ぽってりした唇。
緩くウェーブがかった黒髪に、長い指。

決して、手の届かない人。

私の中の潤さんは、永遠の片想い相手。

「A」
「はい」
「この衣装、もう少し背中にインパクト出せない？」
「あー...はい、やってみます」
「派手にはならないようにして」
「はい」
「頼りにしてるよ？」

ニコっと笑って、私の肩をポンと叩く。

それだけで充分だと思ってた。
潤さんに認められてる。
それが、ただただ嬉しかった。

だけど、いつからか横顔を盗み見てると苦しくなって来た。

長い睫毛、高い鼻、ぽってりした唇。
緩くウェーブがかった黒髪に、長い指。

それを、全部自分の物にしたいと思い始めた。

決して、手の届かない人。

永遠の片想い相手に、触れたいと願い始めた。

触れたいと

触れられたいと、願った。

・

公演の三日前。

もう小屋入りしてゲネプロを始めていた。
私は潤さんの隣に座り、舞台での衣装の映え方をチェック。

あ...あの胸元、ちょっと気になる...

私がそう思ったと同時に、潤さんがボソっと「あの衣装」と舞台を指差した。

「胸ですよね？大丈夫です、直せます」
「フフッ、さすがだね」
「いえいえ」
「もうA、手離せねぇわ」

衣装係として、って分かってるのに。

胸が喜んで、苦しい。