智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ21)

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「米、まだっぽいかも」
「そうなんですか？」

飯盒を棒でコンコンと叩いた彼が、そこにあるベンチに座った。

「キミも座れば？」
「あ、はい」

何でその言葉に素直に従ってしまったのか、分からない。
でも私は、彼の隣に座ったんだ。

煙草を携帯灰皿に押し付けて、彼は「名前は？」と訊いて来た。

「五十嵐です」
「それ、苗字。訊いたの、名前」
「あ...Aです...」
「Aちゃん」

クフ、と笑った横顔が涼しげで、こんなに暑いのに彼は暑くないのかな？と思う。

「Aちゃん、暑くないの？」

私が考えてた事を、逆に彼から言われて「へっ？」と変な声が出た。

「暑そう」

彼が、下ろしてた私の髪を一束取って「これ」って笑う。

「あ...、ご飯食べる時は縛るから大丈夫です...」
「飯食う時？」
「ご飯食べる時が一番暑いから。邪魔だし」
「アハハッ、そんなモンなんだ」

そんな会話をしてる間も、彼は私の髪に触れていて

「でも、オレ好きなんだよね」
「え...？」
「長い髪」
「......」
「女の子らしいね」

その指を、スルスルと髪に滑らせながら

鼻が触れそうな程近くに顔を寄せて、笑った。

その帰り道だった。
ユウから「実は、和也と付き合ってるんだー」って嬉しそうに言われたのは。

ユウは、ショートカットだった。

・

髪を切れなくなった私と、今でもショートカットのユウ。
三年経った今でも、和也くんとユウは付き合っている。

『友達の彼氏』の和也くんとはあれから何度も顔を合わせて、その度彼に惹かれて、でも必死でダメだダメだって自分に言い聞かせて、もう疲れ切っていた。

なのに、少しも嫌いになれない。
少しも、想いが消えてくれない。

「ちょっと、お手洗い行って来る」
「ウンコかー？」

子供みたいにからかった和也くんの頭をパコンと叩いて、ユウが席を離れた。

居心地が悪くて、もう小さな氷しか無くなったグラスをストローでグルグル掻き混ぜる。

「Aちゃん」
「...ん？」

彼の手が伸びて来て、私の髪を一束掴んだ。

「髪、切らないの？」
「......」
「何で切らないの？」
「......」

グっと彼がテーブルに身体を乗り出して来て

「オレ、全部知ってるよ？」

鼻が触れそうな程に顔を近付け、囁く。

ゆるく細めた目の奥に、私を映す。

もう氷すら無くなったグラスが、カタンと倒れてテーブルに水が零れた。

・・・・・END・・・・・