±10cmから見た日常 (ページ26)

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side F ページ26

『ね！！最近できた、あそこのチョコスコーン俺が行くといっつも売り切れてんの！』

身体が入れ替わってしまう前に俺が、ワタに数日前に言っていた台詞

午前中には完売してしまうらしく、仕事でなかなか訪れられない俺は、まだ口にしたことはなかった

そんな言葉、覚えててくれたんだ

てか、カフェオレも・・いつも俺が甘いの好きだから、
ちゃんと甘みが加味されてる

「・・・もう、」

そういう、ガサツなくせに、時折見せる北山の些細な気遣いが、くすぐったくて、
その横顔を見つめて、パッと視線を逸らした

＊

「おー、絶景じゃん！！」

昼近くに出発したこともあって、目的の海岸についた時には夕日が砂浜に影を落としてオレンジの空が広がっていた

ザザッという波の音が耳に心地よく響いて、潮の香りがふわっと鼻腔に広がる

気持ちいい・・

「足だけはいるか！」

そういって、さっさと靴下を放り投げた北山が、波打ち際へ走っていった

その、無邪気な背中は自分のものであるのに、北山を見つめられない普段の俺の代わりに、
まっすぐにその背中に視線を投げた

砂浜に腰を下ろして、夕日のオレンジに染まった彼のシルエットを見た

気持ちよい浜風を、目を閉じて正面から受けた

あぁ、こんなにのんびり過ごしたのは久しぶりだった

「わ！」

とたん、頬にぴしゃっとかかった水滴

「へへ、藤ヶ谷もこっち来いよ」

顔を上げると、北山がいたずらな顔で、俺のほうに水しぶきを飛ばしていた

「・・やったな」

立ち上がって、その顔に向かって、波打つ海の水を掬った

「おい、つめてぇって！！」

時間を忘れて、つい、童心に戻ってしまう
こんなくだらなくて、無邪気な時間を過ごしたのはいつ振りだろうか

北山に向かって水しぶきを飛ばす

「とうっ！」

北山が、俺めがけて後ろから軽く蹴りを入れた

「わ、ちょ、わわ！！」

バランスを崩し倒れた俺は、思い切り海の中へ滑り落ちた

「え、藤ヶ谷ぁ？！」

全身ずぶぬれになって立ち上がった俺のほうを驚いた顔で見つめる北山

「お前・・やってくれたな…」

ずんずんと北山のほうへ進み、その腕をつかむと、同じように思い切り海の中に引きずり込んでやった