それは、タカラモノ 〜第三章 幻影〜

side Ki ページ28

「はぁ・・・は・・あああっ」

起きると、汗でぐっしょりと濡れていて、肌に張り付いたTシャツを脱ぎ捨てた
姿見をふと見ると、鏡に映る俺の顔は、
別人のようにやつれて見えた

「クソ・・」

その素肌を見ないように、新しいシャツに腕を通す


「はぁ・・はぁ・・」


まただ
もう少しという、病院スタッフや、メンバーの意見を無視して、強引に退院した
退院したら、今よりは、少しはマシになるかもって

一人で、あの暗い部屋に寝かされていると、思い出すから
家で、普段通りの生活をして、普段通りに仕事をこなせば


きっと、忘れられる


『北山っ・・・！』

藤ヶ谷の、涙に歪んだ顔
滴る血の、匂い

『ほら、もっとイイ声出せよ』

あの男の・・妖しい笑み
下半身に感じた重みと、苦痛

『あ、もう意識とんじゃう？』

俺を、めちゃくちゃにして・・
嘲笑っていた、アイツらの・・声

藤ヶ谷の・・辛そうな泣き顔



「はぁ・・い、やだ・・」

這うようにして、洗面所に向かった



「あ、げほげほっ・・げほっ・・」

黄色いドロッとした胃液が流れ出た
何も食べず、水も、吐き戻してしまう
病院では点滴で生きていたようなもので、ほぼ口から食料を摂取することができずにいた



「あぁ・・はぁ・・」

濡れた口元を乱暴に手の甲で拭った


だけど、病院で、見知らぬスタッフが、俺の様子をうかがいに来るたび

『北山さん、点滴ですよー』


そういって、俺の病衣をまくって、腕に血圧計を巻いてくれた看護師にでさえ、
恐怖で、震えが止まらなかった


『北山さん、落ち着いて！！』

何度か、若い男性看護師に担当されたときは、あの男がダブって見えて、過呼吸を起こして、何度も鎮静剤を打たれた
その注射の痕を隠すように、メンバーの前ではずっと、パーカーを羽織っていた




情けねぇ・・な

メンバーの不安そうな顔を思い出す
藤ヶ谷の、最後にみた、生気のない顔を思い出す


忘れてるんだ・・
俺だって忘れきゃ・・




『藤ヶ谷君・・どうなってもいいの？』

藤ヶ谷の、赤に染まる口元




「あ・・あ、」

終わったはず、なのに
恐怖に押しつぶされそうになる

「ぐ・・げほっ・・」


もう一度激しく嘔吐して、壁にもたれた
気づいた時には、リビングの床で、倒れるように眠っていた

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