第13話『真夏の雪』 ページ5
1時間経っても、北山くんはお店に来なかった。
電話にも出てくれないし、何かあったんじゃないのかと、だんだん気持ちが焦ってくる。
いったん会社に戻ろうとしたとき、目の前に人影ができた。
でもそれは北山くんではないと、私には簡単にわかってしまう。
「・・・・・こんばんは」
少しだけうつむいたまま、私は蚊の鳴くような声でそう言った。
「バカなんですか?普通は北山さんがどうしたのかを聞くでしょ」
「・・・・なんで玉森くんが?」
「北山さんに代わりに行ってくれって頼まれたから。なんか社長に呼ばれたらしくて。社長直々って、なんかやらかしたんですかね」
「・・・そうだったんだ。なんだろうね。・・・あの、伝えに来てくれてありがとう。もう出よう」
「ごはん食べないんですか?」
「食べない」
「お〜強い意志を感じる。流されないぞって」
「・・・・どうしていつもふざけるの?」
「俺、ふざけてます?」
「・・・・そう見える」
「ひっで〜」
笑いながら、玉森くんは全然私の顔を見なかった。
さっきまで顔を見れなかったのは私の方なのに、今度は私が玉森くんから目を離すことができなくなっていた。
予想できるはずがない。
玉森くんが、そんなに傷ついた顔をするなんて。
「・・・酷いこと言ってごめん。玉森くんはいつも助けてくれてるのに」
「だから、挨拶ですって。一日の終わりにはおやすみなさいって言わないんですか?常識ないな」
「だって!」
「土屋さんは、ごめんばっかり。ずっと自信なさそうにして、悪くないのに謝って、マジでイライラする」
「・・・・・・私も自分に、もうずっとイライラしてる」
どうして玉森くんのことを避けようとするのか、わかったような気がした。
玉森くんは、私の感情を揺さぶって、私の隠していたい気持ちを、簡単に引きずりだしてしまうからなんだ。
108人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ