綿菓子と香辛料 2

80 君の呼び名と香辛料 ページ31

「玉森さん、朝ごはん食べますか？」


起き抜けの玉森さんにそう尋ねても、玉森さんは無言のまま、じっと私の顔を凝視している。



「玉森さん？」




「俺気づいたんだけどさ〜」




「？はい」




「お前も玉森さんじゃない？」




「え？」




「俺を玉森さんって呼び続けてるけど、お前も玉森さんになったんじゃないの？」




「・・まぁ、そうですね」




先週、私たちは結婚した。


縁起の良し悪しをものともしない玉森さんと一緒に出した婚姻届は、無事に、仏滅の日に受理された。




「別の呼び方で呼んでみてよ」




「急に言われても」




「早く」




「・・・じゃあ・・・裕太さん？」




「堅苦しいな」




「裕太くん？」




「何か腹立つ」




「裕ちゃ〜ん」




「きしょ」




「じゃあ裕太？！」




「呼び捨てにすんな。ぶっ飛ばすぞ」




誰か、『裕太』という名前の正しい呼び方を教えて欲しい。




「じゃあ何て呼べばいいんですか！」




「ん〜・・・あ、『様』つけてみるとか？」




「え？裕太様？」




「そう」




「朝ごはん食べますか、裕太様。今日は何時にお帰りになるんですか、裕太様って言うんですか？！」




「うん」




「却下。教祖感が半端ないんですけど」




「いいじゃん、玉森教の信者。何か本出そうかな。俺の教えを説いたやつ」



「誰が興味あるん・・・興味湧くかもしれない、玉森さんが表紙になれば。絶対やめてくださいね？！」



「けーち」




どこまでが本気なのか冗談なのかわからない態度で、玉森さんは顔を洗いに行ってしまった。





「結局、何て呼べばいいんだろう」





きっと玉森さんは、私が呼び名を決めきれずに悩んでいることを楽しんでいる。





「おい」




「何？」




「好きなように呼べよ」





呼び名に困っている私を見て、玉森さんは楽しそうに笑った。

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