三つ編みをほどかれた日(桃色編)・《2》

68 ページ21

「コメディですか？」




「そう。アメリカのやつ」




「いつもはどんな映画を観るんですか？」




「結構暗いのとか重いのも観るかな。コメディは久しぶり」




「どうして今日はコメディ映画なの？」




質問する私を、藤ヶ谷さんは優しい眼差しで見つめる。





「笑えた方が、いいかなって」




学生時代、藤ヶ谷さんが、どんな映画や小説が好きだったのか、そういうことの一つ一つを、本当は少しずつ知るべきだったのに・・・。





「吹き出した数が多かった方が負けだよ？」




「え？」




「それから、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞かなきゃいけない」





「何でも？」




「そう、何でも」





一瞬だけ真剣な目をした藤ヶ谷さんが、時間を確認して立ち上がる。




「俺、一回観てるから」





「え？ずるい！」





客席には、ほとんど誰もいなかった。




隣り合う席に座って、藤ヶ谷さんは私の左手に自分の指を絡ませる。




「こんなことするの、付き合いたての若者みたいかな」





「若者って」




「あ、笑ったね？それもカウントするから」





「藤ヶ谷さん！」






終始笑いっぱなしのデートは、藤ヶ谷さんの愛情で溢れていた。




気まずい沈黙も、不穏な空気も、全てを取り払って、藤ヶ谷さんは私と向き合おうとしてくれている。





「ほら、来るよ来るよ、よく見てて？」





「笑わせようとするのナシです！」





「こら、映画館で大きい声出さない」




「あ、ごめんなさい」




慌てる私に、藤ヶ谷さんが笑う。




「藤ヶ谷さんも笑った！」




「え？本当に？」





とぼける藤ヶ谷さんにやっぱり笑ってしまって、シビアにそれもカウントされた。




「今日はよく笑うね」、そう言って微笑む藤ヶ谷さんの笑顔が、私にはあまりにも眩しかった。

70→←67

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す