綿菓子と香辛料

31 (玉森くん) ページ31

急いでマンションまで帰り着く。



待っていたエレベーターから降りてきたのは、今から帰ろうとするAだった。




「玉森さん！」




「・・帰んの？」




「はい。この時間のバスに乗らなきゃ、門限に遅れちゃうから」




「何で今日来てた？帰り遅くなるかもって言ったろ？」



「少しくらい、会えるかなぁって」




「時間の無駄」




「でも、会えました」





すれ違う程度の、短い時間。




来てるかもしれないって期待してたくせに、俺の口から出るのは可愛いげのない言葉ばかり。





なのに、何で？




どうしてそんなに、君は嬉しそうな顔をするんだろう。






「玉森さん」




「ん？」




「おやすみなさい」





そう言ってマンションを出ようとする彼女の腕を掴む。




「・・どうしたの？」




「・・・・今日、同僚にメシに誘われた。あ、女の人。英語科の」




「はい」




「ちゃんと・・食べないって言ったから。個人的な話もできないって言ったから」




「玉森さん？」




「正しいかな。合ってる？これで」




だて眼鏡がなくても、自分を守れるような気がするんだ。



君に出会ったから。



君を好きになったから。



向き合いたくなかった他人の気持ちに、これからは向き合えるような気がするんだ。




「俺、誰かと付き合うのって初めてで、何をどう報告したらいいのか、あんまりわかんな・・・






俺とは違う、柔らかい身体。



背中に回された腕。



体温の高い、俺の恋人。





「合ってる」




「え？」




「女性にアプローチされたこと、教えてくれてありがとう。ちゃんと、断ってくれてありがとう。玉森さんが私を想ってくれてること、すごく伝わりました」





バスの到着時間が迫っている。



帰したくない。




もっと側にいて欲しい。





「A」




「はい」




「今度、真野に交渉しようか」




「何を？」




「門限、終電までに伸ばしてくれないかって」





だて眼鏡を、今夜捨てよう。





もう、そんなものは必要ないくらい、君が俺を強くしてくれる。

32 (宮田くん)→←30 (玉森くん)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す