綿菓子と香辛料

28 (玉森くん) ページ28

「玉森先生」



「ん？」




「日本史の試験範囲って、どこまでですか？」




「授業中に言わなかった？つーか友達に聞けよ」




俺が担任をしている矢谷は、俺の言葉にあからさまに不機嫌になった。



「じゃあ、進路相談したい」




「来月個人面談あるじゃん」




「人間関係に悩んでるの」




「嘘だね」




放課後の、人もまばらな職員室。



矢谷は何かにつけて、俺に相談を持ち掛けたがる。




「先生、気づかないの？」




「何に？」




「私がどうして、玉森先生に個人的に会いに来るのか」




教師になって8年目。




正直、こういうことには慣れっこだ。




「お前だけじゃないよ？」




「え？」




「俺に、個人的に会いに来る女子」




わざと、不敵に笑ってみる。



ヤベーやつなんじゃないかと思われた方が、ちょうどいいから。




「先生、彼女いるの？」




「秘密」




「いるんだ」




「そんなの知ってどうすんだよ」




「壊したい」




「え？」




「先生、私のものになって？」




幾度となく、言われてきた言葉。





"玉森くん、私のものになって？"


"裕太、私のものになって？"


"先生、私のものになって？"





俺に好意を向ける人は、みんな俺を縛りたがる。



それを言われるたび、何て無意味な言葉なんだろうって、不思議に思っていた。



誰も、俺の気持ちを縛ることなんてできないのに・・って。





「俺が、お前のものになると思う？」




矢谷は日本史の教科書を手に取ると、俺を睨んで職員室を出て行った。




ため息をついて、眼鏡を外す。




野暮ったい、生徒避けのカモフラージュのだて眼鏡は、あんまり役に立ってくれない。




あーあ。



疲れた。




疲れたから、誰にも会いたくない。





疲れたから・・







Aにだけ、会いたい。

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