３８２．Side S ページ49
しばらくして、智くんは疲れた声で言った。
「ねえ、翔くん…
…知らなかったって言って済むのは、子どもの世界までだよ。
知らなかったということだけで罪なときもある。
それが今回だよ。
俺は自分のことに一生懸命で、三上さんのことを考えた事もなかった」
「そんなの仕方ないことでしょ。
あなたが辞めさせたわけじゃない」
即座に否定したが、智くんに俺の声は届かない。
「…あの時、検察は一人の前途ある事務官を法曹界から追放したにもかかわらず起訴に失敗した。
あれから二年経って、先月ようやく事件が再起されて…
三上さんは、検察が首謀者の組幹部を起訴して、ほぼ『勝利』を掴んだことを報道で知ったんだろう。
…どんな思いでそれを見ていたのかな…」
彼はそう言うと、ふうっと深い溜め息をついて、呟くように言った。
「……三上さんは俺に何を言いたかったんだろうね……」
智くんの推理がどこまで当たっているのかはわからないが、少なくとも、二年前のあの事件で一人の事務官の人生の歯車が大きく狂ったのは確かなようだ。
どんなに無念だった事だろうと思う。
しかし、何も聞かされていなかった智くんにとっては、それこそ不可抗力だった。
それでもどこまでも自分を責める彼が痛々しい。
俺は少し迷った末に提案した。
「搬送先の病院は聞いてる。
最初はホームに落ちたのはあなたかもしれないと思ってたから。
…明日、会いに行ってみる？」
山村警部補の話によると、頭を強く打っているが、回復の可能性が全くないとは聞いていない。
昔の同僚なのだし、見舞いに行くことになんの不自然さもない。
場合によっては、智くんに精神的ダメージを与える危険性もあるが、三上事務官が伝えたかったことを受け取ることが、彼の中の罪悪感を拭う唯一の方法だと思った。
わずかな沈黙の後、智くんは頷いた。
「……そうだね…。
あの人は俺に何かを伝えてたかったから、あそこに居たんだものね。
…会いに行ってみるよ」
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年5月8日 15時
