３７０．Side S (5/24) ページ37
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「いい湯だった。
おかげで寒くなくなった」
首にバスタオルを掛けた智くんが、淡い朱色に上気した顔で微笑んだ。
卵酒と風呂で、内外両方から温めた効果があったようだ。
さっきまで随分寒そうにしていた。
今朝、護国寺にある奥さんの実家に辿り着くまでに相当濡れ、服を乾かして貰ったと言っていたが、帰り道はそれ以上に濡れたようで、ここの玄関に着いた時にはほとんどびしょ濡れだった。
風邪を引かないよう気を付けないといけない。
「汗が引いたら、ちゃんとあったかい格好しなさいよ？
喉がちょっとでも痛くなった時は、すぐに言うこと。
あなた、風邪引くときはいっつも喉から来るから。
さっきの電話、まさか呼び出しじゃないよね？
今日は外出しない方がいいよ？」
骨折した右手をカバーしていた水除けのビニールを取ってやりながらそう言うと、カズが「またやってるよ」的な顔で笑いを堪えてるのが見えた。
どうせ「小五月蝿いヤツ」だと思ってるんだろうが、仕事をしてない時の智くんは基本ぼーっとしてるから、聞いてないことが多いんだよ。
何度も言うしかないだろ？
「領、ちょっと待っててね。
戻って来たら何かして遊ぼうな」
絵本を読んでいる領に声を掛けて、智くんを診察室に促す。
智くんの右手首は、骨折の整復以外に靭帯の修復手術も行ったため、手術痕は結構大きい。
いまだにかなり痛々しい見た目なので、包帯交換などの処置を領に見せないようにしている。
雨で濡れた右手の包帯は取ってしまっていた。
綺麗に消毒して、一段と細くなってしまった手首をそっと持ち上げる。
「どのくらい痛む？」
「大した事ないよ」
固定して随分経つから、手首の関節はどうしても堅くなっている。
少し動かしても相当痛むはずなのに、必要なことにさえポーカーフェイスなんだ、この人は。
右手指の関節をマッサージしてやりながら、ちょっと意地悪を言ってみる。
「そろそろ少しずつリハビリ始めようね。
痛いよ〜？」
「えっ！
やだな、翔くん。
脅かさないでよ」
「本当のことだもの。
あなたは痛みに強いから平気でしょ？
なんたって、手首や肋骨を骨折してるのに、倒れるまで仕事してた人だものね」
「………だからって、痛いのはやだよ…」
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作者名：kotorix
| 作成日時：2012年5月8日 15時
