月の雫 part2 ページ45
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優しい光の中に踏み込んだユウの視界に広がるのは、見覚えのある内装。
カフェテリアのように椅子の並んだカウンターと、ソファとテーブルのセットが二つ。天使達が人間界に潜伏した際に使う場所で、ユウも何度か使ったことがある。
風景に溶け込ませて隠れることも、逆に姿を見せることもできる隠れ家だ。
「どうしてここに……?」
ユウがエイスの方を見ると、彼はカウンターを指して「座れ」と言って中に引っ込む。
座高のあるカウンターチェアを見て、ユウは一瞬躊躇った。が、二人にこれ以上迷惑をかける訳には行かない。
意を決して、ユウはそこに腰を下ろす。
「っ……」
予想していた痛みに、ユウは呻き声を殺して身体を強張らせる。全身を貫く激痛は凄まじく、それだけで精一杯だった。
二人が迎えに来る数時間前まで、ユウはいつものようにアイリに抱かれていた。傷もできていて、本当は硬く座高のある椅子に座るだけでも辛い。
戦闘で負傷するよりも、行為でできる傷の方が痛いことを知ったのはアイリのせいだった。命のやりとりでできる傷は深く痛い。しかし、行為によってもたらされる傷は心も痛かった。
アイリも一応は、ユウの辛さも分かってくれているようで、椅子に座る時は柔らかいクッションを敷いてくれていたし、大抵はベッドに腰掛けていた。カウンターに座ることなどなかったのである。
唇をかみしめながら、ユウは震える手をテーブルの上に置いた。これ以上心配をさせる訳にはいかないという想いだ。
だが、体重がかかっているせいか、唇の端から漏れる吐息は抑えられない。
「ぅ……」
いつもやっていたことだ。我慢しなければ。これくらい、我慢しなければいけないのだ。
唇を噛む力が弱まる。双眸に涙の膜が張る。耐えるのだ。わたしは、『ジブリール』なのだから。
目尻に溜まった涙がついに決壊し、頬を伝おうとした時――不意に訪れた暖かい感触とともに、浮遊感が身体を包み込んだ。
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作者名:ゼファー | 作成日時:2021年1月14日 13時